5月。春の変わりやすい天気は落ち着いたけど、梅雨にはまだ早い。1年の中でも有数の、過ごしやすい時期。空には気持ちいい青が広がってた。
何回目かの携帯のアラーム音が響き、私、椎名咲(しいなさく)はいつもより遅い朝を迎えた。重い瞼を持ち上げて時間を確認したら、眠気なんて一気に吹き飛んだ。サァーって血の気が引いてくのが分かる。
「どうして起こしてくれなかったの!?」
「起こしたわよ、何回も。私は起こすたびにあと5分で起きるって言い張るアンタを信じただけ」
鼻歌混じりに食器を洗うお母さんに小言を言ってみたけど、さらりと正論でかわされた。そんなこと、言ったっけ?全然覚えてない。寝惚けるってオソロシイ。
セミロングの髪には幸い寝癖は見当たらなかった。時間割は昨日確認しておいたから大丈夫。学校指定のカバンをつかみ、家を飛び出した。
*
私が通う高校は市の中心部にある。トップレベルとまではいかないけど、それなりに有名な進学校で、ほとんどの生徒が、進路に有名な4年制大学を志望してる。
「遅かったわね、めずらしいじゃん、咲がギリギリなんて」
「おはよ。杏奈は…めずらしく機嫌イイね」
1年4組の教室になんとか滑りこむと、もう見慣れた美女が近づいてきた。彼女、西野杏奈(にしのあんな)は私の親友で、クラスメイト。
明るいブラウンの、緩くウェーブをあてたロングヘアーに、モデル顔負けのスタイル。ハッキリと整った顔立ち。
校内で杏奈のことを知らない人はいないんじゃないか、ってくらい有名人。
「じゃーん!な・ん・とぉ……転校生だって!」
「え?」
「だーかーら、転校生!今日来るんだって、このクラスに」
「……それで、ゴキゲンなんだ」
杏奈は校内1、2を争う美女だけど、校内1、2を争う劣等生でもある。朝の彼女のテンションはそりゃあもうどん底。もちろん、これから解読不能の授業が待ち受けてるから。
「先生何も言ってなかったのに…どこから情報仕入れたの?」
「秘密〜」
「……」
「しかも、噂ではオトコ…らしいのよね〜」
「ふうん」
「何よ咲、男の話だとツレナイんだから」
杏奈はオトコ好き。彼女とは、もうかれこれ4年の付き合いだけど、常に色んな男の人と付き合ってるみたい。それも、かなり年上。
中学生のとき、10歳も年上の大手企業の会社員と付き合ってるって聞いたときは、本気で心配したっけ。
「杏奈、同年代には興味ないんでしょ?」
「“恋人”にすることはないってだけよ。1日のほとんどを過ごす教室に男が増えるって、ウレシーじゃん」
もちろんイイ男限定だけどね〜。そう言って杏奈はカラカラと笑う。
容姿端麗で男好き。なのに、杏奈が同性から妬まれないのって、多分、この潔さのおかげ。
「県外からの転校生だって。名前は確か…――キリタニ、っていったかなぁ」
ふーん…キリタニ、ね。
「男女はともかく、新しい人がくるって楽しみだね」
そう言ったら、杏奈は笑って頷いた。