第1章10





『本日未明、台風9号が日本列島に上陸。昼ごろから夜にかけて、各地で大荒れの天気となる見込みです。気象庁は引き続き、土砂崩れに警戒するよう―――』

 

 

 

 

 

「咲―!6限、なくなったって!」

「ほんと?」

「ヤッタね〜駅ビルで買い物して帰ろっかな」

「杏奈、今、台風接近中…」

「咲も一緒に行かない?」

「………行かない」

 

 杏奈、台風は危険だってこと分かってるのかな。一応別れ際に早く帰ってねって忠告したけど、あの様子じゃ、聞いてたかどうかもアヤシイ。

 暴風雨の中を駅に向かって歩く。精一杯力を入れてないと、傘が飛ばされてしまいそう。

 そんなこと考えてたら、ひときわ強い風が吹いて、傘の骨が折れてしまった。慌てて近くのお店の軒先に避難する。

 

 

 

「咲ちゃん?」

「先輩!?」

「傘…壊れちゃったの?……よかったら、駅まで入ってく?」

 

 地獄に仏ってこのこと。先輩の傘は高そうで、コンビニで間に合わせた私のビニール傘とは、強度が全然違う。強い風でもビクともしない。

 

駅で先輩にお礼を言って別れた。

 いつもの、帰りの電車に乗るホームに向かおうと回れ右をしたら、今あまり顔を合わせたくない人に遭遇しちゃった。うっ…て、一瞬固まってしまう。

 

「大好きな先輩と、相合傘?」

 相変わらず、よく分からないニュアンスで、桐谷くんは言った。

「そういうんじゃない…偶然出会っただけで…」

「ふーん。偶然会って、わざわざ同じ傘に入るんだ」

「私の傘が壊れてたから…。ねえ、桐谷くん、どしたの?……このあいだから…おかしいよ…」

 

 そのポーカーフェイスの奥で、何を考えてるの?

 どうして、私に構うの?

 もし、その理由が………。

 

 

突然、ぐいって、腕を引っ張られた。

強い力。精一杯抵抗するけど、適うわけがない。先に立ってずんずん歩いていく広い背中は、知らない人のよう。

 連れてこられたのは、駅のホーム。待合スペースの中に押し込まれた。

 ここ、1時間に1本しか電車が来ない線だ…。


 台風が接近しているからか、周りにはネコの子一匹いない。

 



 背中を壁に押し当てられ、身体の両側に腕をついて……囲われた。

 

“逃がさない。”

 

 そう、言われてるみたい。

 

 

 そっと、私の頬に骨ばった手が触れた。

少しだけ雨に濡れて、額に張り付いた髪を、優しくはらう。

 桐谷くんの瞳って、不思議。

じっと見ていたら吸い込まれそうに深くて、逸らせない。

 イヤって言わせない力がある。

 

 それは、一瞬だった。

フッて彼が笑ったように見えた。

 

 頬にあった手が、頭の後ろ、髪の中に潜って。そのまま引き寄せられる。

 サラ…って、私のおでこに、桐谷君の前髪がかかって…
 
 
 唇に、ふわり、柔らかい感触。


 私に拒絶する暇を与えることなく、それはすぐに離れた。

 

 

 

 なに、今の…


 フリーズしかけた頭で、なんとかはじき出したのは



 キス………された……?



 

 目の前に立つ彼は、私の方をじっと見てる。

 私がどういう行動に出るのか、冷静に観察するように。

 

 

「なんて顔してんの」

 何事もなかったように、サラッと言われて。

 もう、黙ってられない。

 

「……こういうのって、フツウ、好きな人にするものじゃないの?」

「好きだよ」

「な…」

「って、言ったら?」

「………てよ……」

「え?」

 

 

「やめてよっ!!!」

 

 目から勝手に涙がこぼれる。

泣きたくなんかないのに。涙腺はいつも、私の意思なんてお構いなし。

 あのときも。

 

 

 

「私は……大嫌いだよ…」





 面白かったらぽちっと
↓とても励みになります
web拍手 by FC2

inserted by FC2 system