『本日未明、台風9号が日本列島に上陸。昼ごろから夜にかけて、各地で大荒れの天気となる見込みです。気象庁は引き続き、土砂崩れに警戒するよう―――』
*
「咲―!6限、なくなったって!」
「ほんと?」
「ヤッタね〜駅ビルで買い物して帰ろっかな」
「杏奈、今、台風接近中…」
「咲も一緒に行かない?」
「………行かない」
杏奈、台風は危険だってこと分かってるのかな。一応別れ際に早く帰ってねって忠告したけど、あの様子じゃ、聞いてたかどうかもアヤシイ。
暴風雨の中を駅に向かって歩く。精一杯力を入れてないと、傘が飛ばされてしまいそう。
そんなこと考えてたら、ひときわ強い風が吹いて、傘の骨が折れてしまった。慌てて近くのお店の軒先に避難する。
「咲ちゃん?」
「先輩!?」
「傘…壊れちゃったの?……よかったら、駅まで入ってく?」
地獄に仏ってこのこと。先輩の傘は高そうで、コンビニで間に合わせた私のビニール傘とは、強度が全然違う。強い風でもビクともしない。
駅で先輩にお礼を言って別れた。
いつもの、帰りの電車に乗るホームに向かおうと回れ右をしたら、今あまり顔を合わせたくない人に遭遇しちゃった。うっ…て、一瞬固まってしまう。
「大好きな先輩と、相合傘?」
相変わらず、よく分からないニュアンスで、桐谷くんは言った。
「そういうんじゃない…偶然出会っただけで…」
「ふーん。偶然会って、わざわざ同じ傘に入るんだ」
「私の傘が壊れてたから…。ねえ、桐谷くん、どしたの?……このあいだから…おかしいよ…」
そのポーカーフェイスの奥で、何を考えてるの?
どうして、私に構うの?
もし、その理由が………。
突然、ぐいって、腕を引っ張られた。
強い力。精一杯抵抗するけど、適うわけがない。先に立ってずんずん歩いていく広い背中は、知らない人のよう。
連れてこられたのは、駅のホーム。待合スペースの中に押し込まれた。
ここ、1時間に1本しか電車が来ない線だ…。
台風が接近しているからか、周りにはネコの子一匹いない。
背中を壁に押し当てられ、身体の両側に腕をついて……囲われた。
“逃がさない。”
そう、言われてるみたい。
そっと、私の頬に骨ばった手が触れた。
少しだけ雨に濡れて、額に張り付いた髪を、優しくはらう。
桐谷くんの瞳って、不思議。
じっと見ていたら吸い込まれそうに深くて、逸らせない。
イヤって言わせない力がある。
それは、一瞬だった。
フッて彼が笑ったように見えた。
頬にあった手が、頭の後ろ、髪の中に潜って。そのまま引き寄せられる。
サラ…って、私のおでこに、桐谷君の前髪がかかって…
唇に、ふわり、柔らかい感触。
私に拒絶する暇を与えることなく、それはすぐに離れた。
なに、今の…
フリーズしかけた頭で、なんとかはじき出したのは
キス………された……?
目の前に立つ彼は、私の方をじっと見てる。
私がどういう行動に出るのか、冷静に観察するように。
「なんて顔してんの」
何事もなかったように、サラッと言われて。
もう、黙ってられない。
「……こういうのって、フツウ、好きな人にするものじゃないの?」
「好きだよ」
「な…」
「って、言ったら?」
「………てよ……」
「え?」
「やめてよっ!!!」
目から勝手に涙がこぼれる。
泣きたくなんかないのに。涙腺はいつも、私の意思なんてお構いなし。
あのときも。
「私は……大嫌いだよ…」