第1章2




 

転校生、桐谷大翔(きりたにひろと)のイメージは、“カッコイイけど近寄りがたい”らしい。これは女子側からの意見。男子からは、独特の雰囲気だけど、話してみたらいいヤツだって言われてるみたい。

 

 

「なーんか、ツマンナイよねぇ」杏奈が不機嫌そうに言った「桐谷くんって」

 

 

 休み時間。杏奈は私の前のあいている席に後ろ向きに座ってる。

桐谷くんが来てから、今日でもう1週間がたつ。あんなに楽しそうにしてたのに、杏奈のテンションは低い。

 

「カレ、わりと人気あるみたいだけど」

 

実際、桐谷くんへのクラスの女子の評価は高い。切れ長の二重瞼にすっきりと通った鼻筋。確かに一般的には、カッコいいって言われるタイプだよね。

 

「だからぁ、せっかくの人気が台無しってコト」

杏奈は分かってないなって言いたげに唇を尖らせてる。

「桐谷くん、女にキョ―ミありませんって雰囲気出てる。意図的にじゃなくて、素で」

「……うーん…そう?……あ、でも女の子と話してるとこは、見たことないかも」

「あーあ、クラス内の誰かと恋が生まれるの、期待したのにぃ」

「……杏奈、おもしろがりたいだけでしょ」

 

でもまぁ、杏奈らしいかなって苦笑しながら、桐谷くんの方を見たら、クラスのムードメーカー麻生くんと談笑しているところだった。

アレ?ああいうのは何だか、イメージと違う。

…ってじっと見てたら目が合っちゃった。

 

「なーに見つめあってんの?」

「違うよっ…噂してるの、気付かれちゃったのかも」

 もう、杏奈はすぐからかうんだから。

 

「ねー、咲はどう思ってるの?桐谷くん」

 

「私?…ん〜…興味がない…ワケじゃないけど…」

「けど?」

 

 

「……まだよく分かんない」

 

 ヘラって笑ってごまかしておく。杏奈ははぐらかされたと思ったのか、なーにそれ、ってまた唇を突き出した。

 

 

 

 

 カラカラと音の鳴る引き戸をスライドさせて、油絵の具や石膏の匂いの部屋にそっと足を踏み入れた。お世辞にも、キレイな部屋とは言えないけど、居心地はいい。

 放課後の美術室は、昼の太陽を吸収したからか、少し暑いくらい。

窓を全開にしたら、外から運動部のかけ声が聞こえてくる。ふわって、風が髪をなぜていった。冷たくも温かくもない、気持ちいい風。

 

 イーゼルを組み立てて、描きかけのキャンバスをのせた。美術室の窓から見える風景が描かれてる。夕焼けに染まる町と、遠くの山。

 今日もいい天気だったから、あと1時間もすれば夕焼けの景色が描けるかな。

 

 運動部の声と、木炭がキャンバスの上をはしる摩擦音だけが響く中で、私は絵を描くのに没頭してた。

 

 

 

 

 

 ドンッて。突然何かがぶつかる音がした。

びっくりして、思わず顔を上げたら、アイボリー色の小さなボールが転がってた。集中を途切れさせられたことにちょっとムッとしたけど、すぐに手元に視線をもどす。

 

 

 

 

「すいませーん!」

 

しばらくして、突然外から声が聞こえ、今度こそ声を上げそうなくらい驚いた。

 

「ボールそっちに行きませんでしたー!?」

ボールってこれのことだよね…。

床には、忘れられたようにポツンと白い球が転がってる。

 

拾って、投げ返した方がいいのかな。でも、イタズラで、からかわれてるのかもしれないし…。

 もたもたしてたら、バタバタとスリッパの音が聞こえた。もしかしなくても、この部屋に近づいてきてる…?

ガタンって大きな音がして、勢いよく引き戸が開かれる。

 

「…なんだ…人、いたのか」

「……!」

 

 

 

 ジャージ姿の桐谷くんが立っていた。






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