転校生、桐谷大翔(きりたにひろと)のイメージは、“カッコイイけど近寄りがたい”らしい。これは女子側からの意見。男子からは、独特の雰囲気だけど、話してみたらいいヤツだって言われてるみたい。
「なーんか、ツマンナイよねぇ」杏奈が不機嫌そうに言った「桐谷くんって」
休み時間。杏奈は私の前のあいている席に後ろ向きに座ってる。
桐谷くんが来てから、今日でもう1週間がたつ。あんなに楽しそうにしてたのに、杏奈のテンションは低い。
「カレ、わりと人気あるみたいだけど」
実際、桐谷くんへのクラスの女子の評価は高い。切れ長の二重瞼にすっきりと通った鼻筋。確かに一般的には、カッコいいって言われるタイプだよね。
「だからぁ、せっかくの人気が台無しってコト」
杏奈は分かってないなって言いたげに唇を尖らせてる。
「桐谷くん、女にキョ―ミありませんって雰囲気出てる。意図的にじゃなくて、素で」
「……うーん…そう?……あ、でも女の子と話してるとこは、見たことないかも」
「あーあ、クラス内の誰かと恋が生まれるの、期待したのにぃ」
「……杏奈、おもしろがりたいだけでしょ」
でもまぁ、杏奈らしいかなって苦笑しながら、桐谷くんの方を見たら、クラスのムードメーカー麻生くんと談笑しているところだった。
アレ?ああいうのは何だか、イメージと違う。
…ってじっと見てたら目が合っちゃった。
「なーに見つめあってんの?」
「違うよっ…噂してるの、気付かれちゃったのかも」
もう、杏奈はすぐからかうんだから。
「ねー、咲はどう思ってるの?桐谷くん」
「私?…ん〜…興味がない…ワケじゃないけど…」
「けど?」
「……まだよく分かんない」
ヘラって笑ってごまかしておく。杏奈ははぐらかされたと思ったのか、なーにそれ、ってまた唇を突き出した。
*
カラカラと音の鳴る引き戸をスライドさせて、油絵の具や石膏の匂いの部屋にそっと足を踏み入れた。お世辞にも、キレイな部屋とは言えないけど、居心地はいい。
放課後の美術室は、昼の太陽を吸収したからか、少し暑いくらい。
窓を全開にしたら、外から運動部のかけ声が聞こえてくる。ふわって、風が髪をなぜていった。冷たくも温かくもない、気持ちいい風。
イーゼルを組み立てて、描きかけのキャンバスをのせた。美術室の窓から見える風景が描かれてる。夕焼けに染まる町と、遠くの山。
今日もいい天気だったから、あと1時間もすれば夕焼けの景色が描けるかな。
運動部の声と、木炭がキャンバスの上をはしる摩擦音だけが響く中で、私は絵を描くのに没頭してた。
ドンッて。突然何かがぶつかる音がした。
びっくりして、思わず顔を上げたら、アイボリー色の小さなボールが転がってた。集中を途切れさせられたことにちょっとムッとしたけど、すぐに手元に視線をもどす。
「すいませーん!」
しばらくして、突然外から声が聞こえ、今度こそ声を上げそうなくらい驚いた。
「ボールそっちに行きませんでしたー!?」
ボールってこれのことだよね…。
床には、忘れられたようにポツンと白い球が転がってる。
拾って、投げ返した方がいいのかな。でも、イタズラで、からかわれてるのかもしれないし…。
もたもたしてたら、バタバタとスリッパの音が聞こえた。もしかしなくても、この部屋に近づいてきてる…?
ガタンって大きな音がして、勢いよく引き戸が開かれる。
「…なんだ…人、いたのか」
「……!」