第1章3





「野球の硬球、さっき入ってこなかった?」

 

 ニコリともせずに、ぶっきらぼうに尋ねられて、ビクって身体がはねた。

 

「はい…!そこに、あり…ます」

 

やだ…ちょっと怖い…。紺色のジャージ姿がボールの方に近づいていく。沈黙が、ツラい。

ジャージ、膝とかお尻のあたりに土がついて汚れてる。転校してきたばかりだから、新品のはずなのに…野球ってそんなに激しいスポーツだっけ…?

 

 

「下から叫んだんだけど」

「え…」

「聞こえなかった?」

「……あ…う……ごめんなさい…」

 

 やっぱりボール、取ってあげれば良かった。私、怒られてるのかな?

 芯の強そうな目に真っ直ぐ見つめられたら、どうしても萎縮してしまう。

 

「謝るほどのことじゃないけど」

「え…」

顔を上げて見た切れ長二重の目は、怒ってるって感じじゃなかった。

 

「……あの…桐谷くん…はどこから越してきたの?」

「××県の北の方。田舎だから地名じゃ分からないと思う」

「…もしかして、○○町のあたりじゃない?」

 一瞬驚いたような顔をして。桐谷くんは「よく知ってるな。そこ俺の地元」って懐かしそうに目を細めた。

「前に…旅行で行ったことがあって」

「そーなんだ、なんにもなかっただろ?」

 

表情は乏しいけど、皆が言うほど近寄りがたくはない…のかな…?

 

 

「その…絵、椎名さんが?」

彼が指差す方には描きかけのキャンバスがあった。しまった…絵を描いてたこと、忘れてた。こくりと首を縦に振る。

 

本当は、あんまり人に見られたくないんだけど…。

 

 

「へぇ………なんか、温かい絵」

 

 

「……え…?…あ、ありがとう」

 

 

 桐谷くんは練習があるから、って足早に美術室を出て行った。

 窓の外を見ると、いつの間にか橙色の夕日は沈みかけていた。

 

 

 

 

「あ、この髪形かわいい…」

 自室のパソコンの画面には、“この夏のヘアアレンジベスト10”が表示されてる。

これなら私にもできないかなぁ。シャワー後の、少し湿った髪をいじり、気に入ったアレンジを真似してみる。

 “tear”に入会してからは、夜眠る前にそのページをチェックすることが私の日課。

 

 

 tearっていうのは、私が会員になってる団体。団体って言っても、高校の部活みたいなのじゃなく、ネット上で会員登録をするだけのもの。ネット上のコミュニティって言えば分かりやすいかな。

 tearは、「綺麗になるために努力したい女性」のためのサイト。会員は自分のページで情報を公開するんだけど、そこには、メイクのコツ、効果的なダイエット方法、食事のマナー、などなど、あらゆる分野に渡って、「イイ女」になるための知識が詰まってる。

 皆からの評価が高いページの管理者は、美容分野で本を出版していたりもして、けっこう本格的なんだ。

tearの情報って、雑誌にのっているものより断然使える。情報提供者の大半が努力で美しさを手に入れた人で、会員が試して成功した情報がほとんどだから。

 

 夢中になってたら、いつの間にか日付が変わるくらいの時間。

パソコンをシャットダウンして、ベッドに潜り込む。

 

 

“椎名さんが?”って桐谷くん、言ってた。私の名前、覚えられてた…

 

温かい絵。って

 

本当に、そう思ってくれたのかな。






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