「何かいいコトあったんでしょ」
お店に入って、杏奈の開口一番の言葉に、う…って目を逸らしてしまった。
さすが…鋭い。杏奈には隠し事ができない。試験の成績はからっきしなのに、どうしてこういうときだけ鋭いんだろ。
*
学校の最寄り駅のあたりには、そこそこな数の専門店が並んでて、大きなショッピングモールもある。
背の高いビルの間を抜けて、狭い路地をしばらく歩いたところに、その店はあった。
こぢんまりとした外観の、北欧民家風のカフェ「ミンク」。響きが良かったってだけで付けられた名前らしいけど、可愛くて気に入ってる。
店内には欧州の雑誌、キャンドル、木製のテーブルとチェアが置かれてて、シンプルだけどこだわってるってカンジ。私と杏奈はこの店に4年ほど通う常連。
“OPEN”の木の板が下げられたドアを開けて中に入ると、無精髭を生やしたマスターが「いらっしゃい」って小さく呟いた。
「マスター、今日のお勧めケーキは?」
「今日はフランボワーズのムースだ」
「やったぁ!あたし大好きなの。それちょうだい。アイスティーも」
杏奈とマスターの会話を聞きながら、窓際の席を確保。杏奈と二人で来たときは、いつもココに座る。
私はガトーショコラとミルクティを注文した。
*
「で、いいコトあったの?」
ごまかしたって、結局杏奈には通用しないんだよね…。観念するしかないか。
「それってさ〜…恋、じゃないの?」
昨日の先輩との一件をかいつまんで話したら、杏奈、すっごく楽しそうな顔してる…。ふっふっふって変な声出して、せっかくの美人が台無しだよ…。
「…分かんない。…先輩といると落ち着くし、いい人だと思うけど」
「“落ち着く”ねぇ…」
杏奈は珍しく真剣な顔で、窓の外を眺めてる。
「一緒にいて落ち着ける男って貴重じゃない。咲にとっては」
「うん…初めて…だと思う」
男性の視線が苦手。男の人って、女の人を見かけで判断して、贔屓するから。中身とか人柄なんて全然見てない。私はそういうのがムリで、男性とは常に一定の距離をとるクセがある。もちろん、恋人なんてできたことない。
男性不信まではいかないけど、女の子のことをアレコレ噂する男って、ヤダ。
だけど、先輩は…大丈夫。
先輩といると、安心する。
「……好きなのかな…」
「特別だと思ってることは間違いないよね。それが恋愛感情に発展することも、あるんじゃない?」
杏奈はアイスティーを一口飲んで、微笑んだ。
私、先輩のことを特別だと思ってる…?
*
いつもは柔らかめを使ってるけど、今日はハードワックス。遠足は県内のテーマパークだから、アトラクションで崩れちゃうかもしれない。念のため、型崩れを防ぐスプレーをして……完成。
化粧下地はUVカットのものを使う。ホントはバッチリしたい…けど、メイクは薄めにしとこう。万一落ちてしまったときのため。
――よし、カンペキ。
学校の行事の日って、何となくいつもよりオシャレしたくなる。
昨晩準備したバッグを持ち、家を出ると、空は眩しいくらいに澄んでいた。
「咲、おはよー!あ、編みこみ?カワイーじゃん」
「ふふー頑張ってみた」
杏奈って他人のちょっとした違いに敏感。こういうの、気付いてもらえるとちょっと嬉しい。
「お菓子、1000円分くらい買っちゃった」
「えー?杏奈の荷物少ないケド」
「量より質なのー」
「おはよー!いや〜遠足日和だなー!」
キャハハってふざけてたら、いつもの満面の笑顔で、麻生くんが駆け寄ってきた。
なんだか犬みたい…。思わず吹き出してしまったけど、大丈夫。バレてないみたい。
「昨日は楽しみでなかなか寝付けなくてさ〜、二人はよく眠れた?」
「まるで小学生ね。寝不足でアトラクション、大丈夫なの?」
「ヨユーだよ。俺、絶叫好き」
絶叫。杏奈たちの話聞いてたら不安になってきた。大丈夫かな、私…。乗るの小学生の時以来だ…
「あ、大翔―!」
「ッス」
「桐谷くん、荷物少なくない?」
ホントだ。ほとんど手ぶらに近い。
「財布とケータイだけあれば足りるだろ」
「足りねーよ!バスの中でおやつ交換とかしないの!?」
めちゃくちゃ真剣な顔で言った麻生くんに、アハハって杏奈と二人、笑ってしまった。