第1章6





「何かいいコトあったんでしょ」

 

お店に入って、杏奈の開口一番の言葉に、う…って目を逸らしてしまった。

さすが…鋭い。杏奈には隠し事ができない。試験の成績はからっきしなのに、どうしてこういうときだけ鋭いんだろ。

 

 

 

 

学校の最寄り駅のあたりには、そこそこな数の専門店が並んでて、大きなショッピングモールもある。

背の高いビルの間を抜けて、狭い路地をしばらく歩いたところに、その店はあった。

こぢんまりとした外観の、北欧民家風のカフェ「ミンク」。響きが良かったってだけで付けられた名前らしいけど、可愛くて気に入ってる。

店内には欧州の雑誌、キャンドル、木製のテーブルとチェアが置かれてて、シンプルだけどこだわってるってカンジ。私と杏奈はこの店に4年ほど通う常連。

 “OPEN”の木の板が下げられたドアを開けて中に入ると、無精髭を生やしたマスターが「いらっしゃい」って小さく呟いた。

 

「マスター、今日のお勧めケーキは?」

「今日はフランボワーズのムースだ」

「やったぁ!あたし大好きなの。それちょうだい。アイスティーも」

 

杏奈とマスターの会話を聞きながら、窓際の席を確保。杏奈と二人で来たときは、いつもココに座る。

私はガトーショコラとミルクティを注文した。

 

 

 

 

「で、いいコトあったの?」

ごまかしたって、結局杏奈には通用しないんだよね…。観念するしかないか。

 

 

 

「それってさ〜…恋、じゃないの?」

 昨日の先輩との一件をかいつまんで話したら、杏奈、すっごく楽しそうな顔してる…。ふっふっふって変な声出して、せっかくの美人が台無しだよ…。

 

「…分かんない。…先輩といると落ち着くし、いい人だと思うけど」

「“落ち着く”ねぇ…」

杏奈は珍しく真剣な顔で、窓の外を眺めてる。

「一緒にいて落ち着ける男って貴重じゃない。咲にとっては」

「うん…初めて…だと思う」

 

 男性の視線が苦手。男の人って、女の人を見かけで判断して、贔屓するから。中身とか人柄なんて全然見てない。私はそういうのがムリで、男性とは常に一定の距離をとるクセがある。もちろん、恋人なんてできたことない。

 男性不信まではいかないけど、女の子のことをアレコレ噂する男って、ヤダ。

 

 

だけど、先輩は…大丈夫。

先輩といると、安心する。

 

 

 

「……好きなのかな…」

「特別だと思ってることは間違いないよね。それが恋愛感情に発展することも、あるんじゃない?」

杏奈はアイスティーを一口飲んで、微笑んだ。

 

 

 私、先輩のことを特別だと思ってる…?

 

 

 

 

いつもは柔らかめを使ってるけど、今日はハードワックス。遠足は県内のテーマパークだから、アトラクションで崩れちゃうかもしれない。念のため、型崩れを防ぐスプレーをして……完成。

化粧下地はUVカットのものを使う。ホントはバッチリしたい…けど、メイクは薄めにしとこう。万一落ちてしまったときのため。

――よし、カンペキ。

 

 学校の行事の日って、何となくいつもよりオシャレしたくなる。

 昨晩準備したバッグを持ち、家を出ると、空は眩しいくらいに澄んでいた。

 

 

 

「咲、おはよー!あ、編みこみ?カワイーじゃん」

「ふふー頑張ってみた」

 杏奈って他人のちょっとした違いに敏感。こういうの、気付いてもらえるとちょっと嬉しい。

 

「お菓子、1000円分くらい買っちゃった」

「えー?杏奈の荷物少ないケド」

「量より質なのー」

 

「おはよー!いや〜遠足日和だなー!」

キャハハってふざけてたら、いつもの満面の笑顔で、麻生くんが駆け寄ってきた。

なんだか犬みたい…。思わず吹き出してしまったけど、大丈夫。バレてないみたい。

「昨日は楽しみでなかなか寝付けなくてさ〜、二人はよく眠れた?」

「まるで小学生ね。寝不足でアトラクション、大丈夫なの?」

「ヨユーだよ。俺、絶叫好き」

絶叫。杏奈たちの話聞いてたら不安になってきた。大丈夫かな、私…。乗るの小学生の時以来だ…

 

「あ、大翔―!」

「ッス」

「桐谷くん、荷物少なくない?」

ホントだ。ほとんど手ぶらに近い。

「財布とケータイだけあれば足りるだろ」

「足りねーよ!バスの中でおやつ交換とかしないの!?」



 めちゃくちゃ真剣な顔で言った麻生くんに、アハハって杏奈と二人、笑ってしまった。





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