第1章8





迂闊だった。もうちょっと、周りに注意してればよかった。

目の前には、20代とおぼしき男の人が二人。ハデなシャツに、色の抜けた髪、耳にたくさんピアスが光ってる。

 

「ねぇ、ムシすることないじゃん。独りでヒマしてんだったらさ、遊ぼーよ」

 周りの人は、明らかに見て見ぬフリ。当然だよね、こんなガラ悪い人たち、私だってそうする。

「ひ…独りじゃないです。遊びませんっ」

 精一杯、それだけ言ったけど、遊びませんーだって、カワイーってからかわれるばかり。

 これ、ナンパだ…。杏奈の話で聞いたことはあったけど、されたのは初めて。どう対応すればいいのか、全然分かんない…。

 

 

「ちょっと、アンタたち何してんの!」

 泣きそうになってたら救世主が戻ってきた。息を切らせた杏奈が、私を背中に庇う。

 

「え、この子もチョー美人じゃね?」

「ダブルデートしよーよ」

「するワケないでしょ!あんたらみたいなブサイクと」

 

ダメ…。杏奈、完全に頭に血が昇ってる。

それまでニヤニヤ笑ってた男たちの表情が、曇った。

 

「ハァ!?何だよこいつら、こっちが下手に出てるからって、いい気になってんなよ!よく見たら、全然大したことねーじゃん」

「テキトーにその辺連れ込んじまおうぜ」

 

 

やだ…。怖い…こわい……こわいッ!!

 

咲っ!しっかりして!って、叫ぶ杏奈の声に、返事ができない。血の気が引いて、身体の震え、止まらない。

 

 

 

 

「すいません、そのへんにしといてやってもらえません?」

視界の端に、黒髪の後姿がうつった。あくまで丁重に、男と、私たちの間に入る。

「なんだ、お前?こいつらの連れ?」

「高校の遠足で来てるんです」

そう言うと、桐谷くんはわざと怒りを誘うみたいに、鼻で笑った。

 

「見れば分かるだろ、制服だし」

 

 

瞬間、彼の後姿が、ガクンって揺れた。シャツの胸倉を掴まれたんだって、分かった。

「生意気だね〜ボク、大人しくおうちに帰ったほうが良いんじゃね?」

や…!って、恐怖で、私は小さく悲鳴をあげた。

 

「あんたらこそ帰ったら?」桐谷くんの声は落ち着いてる「今このケータイ、どこに繋がってると思う?」

制服のズボンのポケットからケータイを取り出して、掲げた。

「パークの隣に交番があった。遊園地ではこういうの、日常茶飯事だからすぐとんでくると思うけど」

サーって、男たちの顔が青くなる。

「アイツはとっくに担任に電話してるし」

桐谷くんが親指で示す先、少し離れたところで、麻生くんがケータイで誰かと話してる。

 

そこまでだった。舌打ちを残して、男たちは急ぎ足で去っていった。

 

 

 

 

「ありがと……あたしじゃ対応できなかった」

悔しそうにそう言う杏奈の手は、ずっと私の背中をさすってくれてる。

 まだ、震えが収まらない…。

 

「そういえば警察、来ないわね。電話したんじゃないの?」

 冷静になった杏奈が、思い出したように呟いた。

「ああ、あれハッタリ」桐谷くんはシレっとしてる「麻生のケータイにつないでただけ。本当に呼んだら後が面倒だから」

「じゃあ担任も…」

「呼んでない。大したことない奴らで助かったよ」

 

ううん、そうじゃない。桐谷くんが、余裕だったから。だから相手も、まさかハッタリだなんて思わなかったんだ。

 

「アンタ、肝すわってるわね…」

はあ〜ってため息をついて、杏奈は感心してる。

「ホント!大翔、すげーよ」

麻生くんも力説する。

「俺どうしていいか分からなくて、パークの人に助けてもらおうと思って探してたんだ。そしたら大翔が、俺のケータイにかけろって…もしあっちが手…出してきたら、警察呼べって言って、走ってった」

 

そっか…。たとえ100で向こうが悪くても、手を出したら良くて自宅謹慎…もしかしたら退学かもしれない。

 桐谷くん、全部計算のうちだったんだ。やり合うつもりなんてきっとサラサラなかった。

 

 

 

「腹減った。さすがにもうコースター乗らないだろ?俺コレ、食うわ」

 言うが早いか、桐谷くん、麻生くんにあずけてたらしいホットドッグをガブって一口食べた。

 

「ふふ…確かにお腹へっちゃった」

「一応4人分買っといた」

「やったぁ!気が利くじゃんっ」

「俺も、いただきまーす」

「咲は?」

 

 杏奈に聞かれたとたん、きゅるるるるって、私のお腹が鳴った。みんな、どっと爆笑。恥ずかしくて俯いたけど、身体の震えはもう止まってた。





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