迂闊だった。もうちょっと、周りに注意してればよかった。
目の前には、20代とおぼしき男の人が二人。ハデなシャツに、色の抜けた髪、耳にたくさんピアスが光ってる。
「ねぇ、ムシすることないじゃん。独りでヒマしてんだったらさ、遊ぼーよ」
周りの人は、明らかに見て見ぬフリ。当然だよね、こんなガラ悪い人たち、私だってそうする。
「ひ…独りじゃないです。遊びませんっ」
精一杯、それだけ言ったけど、遊びませんーだって、カワイーってからかわれるばかり。
これ、ナンパだ…。杏奈の話で聞いたことはあったけど、されたのは初めて。どう対応すればいいのか、全然分かんない…。
「ちょっと、アンタたち何してんの!」
泣きそうになってたら救世主が戻ってきた。息を切らせた杏奈が、私を背中に庇う。
「え、この子もチョー美人じゃね?」
「ダブルデートしよーよ」
「するワケないでしょ!あんたらみたいなブサイクと」
ダメ…。杏奈、完全に頭に血が昇ってる。
それまでニヤニヤ笑ってた男たちの表情が、曇った。
「ハァ!?何だよこいつら、こっちが下手に出てるからって、いい気になってんなよ!よく見たら、全然大したことねーじゃん」
「テキトーにその辺連れ込んじまおうぜ」
やだ…。怖い…こわい……こわいッ!!
咲っ!しっかりして!って、叫ぶ杏奈の声に、返事ができない。血の気が引いて、身体の震え、止まらない。
「すいません、そのへんにしといてやってもらえません?」
視界の端に、黒髪の後姿がうつった。あくまで丁重に、男と、私たちの間に入る。
「なんだ、お前?こいつらの連れ?」
「高校の遠足で来てるんです」
そう言うと、桐谷くんはわざと怒りを誘うみたいに、鼻で笑った。
「見れば分かるだろ、制服だし」
瞬間、彼の後姿が、ガクンって揺れた。シャツの胸倉を掴まれたんだって、分かった。
「生意気だね〜ボク、大人しくおうちに帰ったほうが良いんじゃね?」
や…!って、恐怖で、私は小さく悲鳴をあげた。
「あんたらこそ帰ったら?」桐谷くんの声は落ち着いてる「今このケータイ、どこに繋がってると思う?」
制服のズボンのポケットからケータイを取り出して、掲げた。
「パークの隣に交番があった。遊園地ではこういうの、日常茶飯事だからすぐとんでくると思うけど」
サーって、男たちの顔が青くなる。
「アイツはとっくに担任に電話してるし」
桐谷くんが親指で示す先、少し離れたところで、麻生くんがケータイで誰かと話してる。
そこまでだった。舌打ちを残して、男たちは急ぎ足で去っていった。
*
「ありがと……あたしじゃ対応できなかった」
悔しそうにそう言う杏奈の手は、ずっと私の背中をさすってくれてる。
まだ、震えが収まらない…。
「そういえば警察、来ないわね。電話したんじゃないの?」
冷静になった杏奈が、思い出したように呟いた。
「ああ、あれハッタリ」桐谷くんはシレっとしてる「麻生のケータイにつないでただけ。本当に呼んだら後が面倒だから」
「じゃあ担任も…」
「呼んでない。大したことない奴らで助かったよ」
ううん、そうじゃない。桐谷くんが、余裕だったから。だから相手も、まさかハッタリだなんて思わなかったんだ。
「アンタ、肝すわってるわね…」
はあ〜ってため息をついて、杏奈は感心してる。
「ホント!大翔、すげーよ」
麻生くんも力説する。
「俺どうしていいか分からなくて、パークの人に助けてもらおうと思って探してたんだ。そしたら大翔が、俺のケータイにかけろって…もしあっちが手…出してきたら、警察呼べって言って、走ってった」
そっか…。たとえ10:0で向こうが悪くても、手を出したら良くて自宅謹慎…もしかしたら退学かもしれない。
桐谷くん、全部計算のうちだったんだ。やり合うつもりなんてきっとサラサラなかった。
「腹減った。さすがにもうコースター乗らないだろ?俺コレ、食うわ」
言うが早いか、桐谷くん、麻生くんにあずけてたらしいホットドッグをガブって一口食べた。
「ふふ…確かにお腹へっちゃった」
「一応4人分買っといた」
「やったぁ!気が利くじゃんっ」
「俺も、いただきまーす」
「咲は?」
杏奈に聞かれたとたん、きゅるるるるって、私のお腹が鳴った。みんな、どっと爆笑。恥ずかしくて俯いたけど、身体の震えはもう止まってた。