第2章1





 一度溢れ出した涙は、拭っても拭っても、なかなか止まってくれない。
 嗚咽混じりの私を見かねたのか、桐谷くんは駅のコンビニでミルクティを買ってきてくれた。

 

 また、そういうこと、する。

やさしくされるたびに私が悲しくなること、きっと気づいてない。

 

もう…限界。

 

 

 

「“大翔くん”…私、石原香奈だよ」

 

 

待合室、隣の席で、わずかに息を飲む気配がした。

 

 

 

 

 

 

 4年前まではイシハラカナだった、私。

田舎町のごくありふれた小学生。悩みと言えば、ぽっちゃりした体型と、給食の牛乳が苦手なことくらい。

お父さんとお母さん、全学年合わせても90人足らずの、小さな小学校。それがすべてだった。

 

 

 

「なにかいてんの?」

「……!」

 

 出会いは、小学校の校庭。2年生のとき。

今思えば、それがすべての始まりだったのかもしれない。

 

「ネコ?」

 知らない男の子が、私の肩越しに、寝そべるノラ猫を見つめてた。垢抜けた、都会っぽい雰囲気のその子は、ふわふわの猫の背中をそっと撫でた。

「あ…にげちゃう…!」

「だいじょうぶだよ」

 人に慣れているのか、猫は大人しくされるがままになってる。

「ねーそれみせて?」

「……やだ…」

慌ててスケッチブックを胸元に押し付ける。校庭に棲みついてる猫がかわいくて、描きはじめた絵。

 誰かに見られるのは…恥ずかしかった。

 

 

 次の日の学校で、男の子が“桐谷大翔”という名前で、東京っていう遠い町から引っ越してきたのだと、知った。

 

 

「今日もかいてんの?」

じーって、“ひろとくん”は興味深そうにこっちを見てる。昨日と同じ場所でスケッチブックを広げる私、と寝そべる猫。

 

「カナね、びじゅつクラブに入ってるの」

 小学校には野球クラブと、ミニバスケットクラブ、美術クラブがあった。

美術クラブでは、週に2回、放課後、校内で好きなものをスケッチして、水彩絵の具で色づけする。

 

「へえ、オレは野球クラブに入るんだ!」

 切れ長の目をキラキラさせて、彼は嬉しそうに、ニって笑った。

 

 

 大翔くんは、私が絵を描いてると、よく遊びにきた。

 といっても、二人で何かして遊ぶんじゃなくて。

とりとめのない話をしたり(給食で何が好きだ、とか、明日の体育楽しみ、とか、そういう話)

私が絵を描く傍らで、大翔くんは壁に向かってボールを打つ練習をしてたり、そういう感じ。

 

 人見知りの私は、はじめこそ構えてたけど、打ち解けるのに時間はかからなかった。

 

 絵を見たがるのは最初だけで、嫌がれば無理強いはしない。そんな彼への信頼は、少しずつ、だけど、着実に積み重なってた。

 

 

 

 

「ひろとくん、絵、できたよ」

 

 猫の絵が、完成した。

野球のボールとグローブ、バットを持って私のところにやってきた彼に、思い切って言ってみた。

「え!?オレ、みていいの?」

 大翔くん、信じられないって顔で目を丸くしてる。

「うん…いーよ…」

 ホントはまだちょっと恥ずかしい。でも、大翔くんならいっか、って、大丈夫って、そう思えたから。

 ハイって、スケッチブックを差し出した。

 

 

「…うわー…これ、ほんとにカナちゃんが!?……すごい……!」

 

「…おおげさだよ。カナ、じぶんがまだまだヘタだって、しってるもん」

 

 

「ううん、そういうんじゃない……。なんか…すごく……」

 

 

 

“あったかい絵”

 

 

 

 私が初めて絵を見せたとき、彼はそう言って、太陽みたいに笑った。

 きっと、一生忘れない。

 自分が描いた絵で、感動してもらいたい。それは、私が絵を描き始めたときから、ずっと持っていたキモチで。

 

 それが、はじめて叶った瞬間だったから。





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