第2章4





放課後、その日もいつものように絵を描いてたけど、なんとなく気分が乗らなくて、早めに切り上げた。

校門を出ようとしたところで、宿題に使うドリルを机の引き出しに忘れてきたことに気付いて。

戻るのはメンドクサイ。だけど先生に叱られるのは嫌だから。

 仕方なく、校舎の3階、5年生の教室まで取りに行ったんだ。

 

 

『美由、カワイーしな、実はオレもちょっと良いなって思ってた』

『おい、オマエはりぃ子ちゃんだって、さっき言ってたじゃんか』

 

 クラスの男子。たぶん、56人。ドア越しの声は、クラスでも一番目立ってるジュンヤくんと、いつも彼にくっついてるコウキくんのものだったけど、二人とは違う笑い声もいくつか聞こえる。

 

 好きな女の子の話だ…。

 ちょっと悪いかなって思ったけど、気になって、つい立ち聞きしてた。

 

『で、大翔、美由なの?』

『うん』

 

 へえ…美由ちゃんか。

 大翔くんと美由ちゃんは同じ登校班。2年生の頃、大翔くん、1つ下で新入生の美由ちゃんの面倒をよく見てあげてたっけ。

 ちょっと意外だけど、お似合いかも…

二人が手をつないでるとこを想像してみたら、顔がニヤけちゃった。

 

 

『へぇ、オレ、大翔は香奈ちゃんだと思ってたー』

『あ、俺も。たまに校庭で一緒にいるもんな』

 

……私!?

 急に自分の名前が出て、とたんに居心地が悪くなった。

ドリルは諦めてもう帰ろ…。

 立ち聞きなんて、するものじゃない。しちゃいけないよねって。

 

 もっと早く、そうしてれば良かった。

 

 

 

 

 

『アイツはありえねえだろ』

 

 

 

 最近声変わりが始まって、出会った頃より少し低くなった、アルトの声。

 それは間違いなく大翔くんのもの。

 

なのに、知らない人が話しているように聞こえるのは…なんで――?

 

 

『デブな上にブスだし。外見が地味じゃん。着てる服、ダサいし。女としてナイだろ』

 

 

 足が、動かない。動いてくれない。

 

 

『普通、絵が上手かったらセンスは良いじゃん。如月響子みたいにさ。だけどアイツ、絵だけ。他に取り柄なし。

絵が選ばれたからってチョーシに乗ってるけど、あんなんじゃ…プロになるの、無理』

 

 

 

――プロになるの、無理…

 

 

 大翔くんの声、頭の中でエコーがかかったみたいに反響してる。

 ギャハハハ…って、男の子たちの、私への、嘲笑。

 

 ガタンッ!!!

 

 突然大きな音がした。教室の中、笑いが止まって、代わりに、誰だよ?って声が聞こえる。

 自分が、立っていられなくて、扉にもたれ掛かってしまったんだって、遅れて気が付いた。

 ガラって扉の開く音。

香奈ちゃんだ!ヤベえ…!って焦る、誰かの声。

 

 

 走った。

 

 足に、上手く力が入らなくて、何度も転んだ気がするけど。

 一刻も早く、教室から…離れなきゃ…

 

大翔くんから……離れなきゃ。って。

 

 

 

 

 

 

 朝、7時。

 心配そうなお母さんに大丈夫だよって、手を振って、通学路を歩いた。

 

 今日は、図工室に飾られている絵を梱包して、ローマに送る日。

 その前にもう一度、絵を見ておきたくて。

 キモチを立て直したくて。

 私は、いつもよりかなり早く家を出た。

 

 お母さんに上手に笑えてたかな……自信、ない。

 昨晩は結局、一睡もできなかった。

 

 大翔くんのあの言葉、本気…なのかな。

 デブ、ブス、地味。

 もし本気だったら……酷い。

確かに私、デブだけど…可愛くもないけど…。服も、あんまり興味なくて、適当に着てる…けどさ。

でも、“女としてナイ”なんて、そこまで言わなくても……。

 

 思い出したらまた、涙がこぼれた。

 ダメ…。昨日泣き明かしたせいで、ただでさえ目が腫れてるのに。

 こんなことで、落ち込むな…!私。

 ソトヅラなんて、関係ない。私は絵を頑張るんだから。

 今回みたいに、頑張れば、絶対に認めてくれる人はいるんだから…!

 

 

誰もいない渡り廊下を歩き、離れにある図工室に向かう。

 朝の空気を吸い込んで、吐き出して、

 

そっと、扉に手をかけた。





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