放課後、その日もいつものように絵を描いてたけど、なんとなく気分が乗らなくて、早めに切り上げた。
校門を出ようとしたところで、宿題に使うドリルを机の引き出しに忘れてきたことに気付いて。
戻るのはメンドクサイ。だけど先生に叱られるのは嫌だから。
仕方なく、校舎の3階、5年生の教室まで取りに行ったんだ。
『美由、カワイーしな、実はオレもちょっと良いなって思ってた』
『おい、オマエはりぃ子ちゃんだって、さっき言ってたじゃんか』
クラスの男子。たぶん、5〜6人。ドア越しの声は、クラスでも一番目立ってるジュンヤくんと、いつも彼にくっついてるコウキくんのものだったけど、二人とは違う笑い声もいくつか聞こえる。
好きな女の子の話だ…。
ちょっと悪いかなって思ったけど、気になって、つい立ち聞きしてた。
『で、大翔、美由なの?』
『うん』
へえ…美由ちゃんか。
大翔くんと美由ちゃんは同じ登校班。2年生の頃、大翔くん、1つ下で新入生の美由ちゃんの面倒をよく見てあげてたっけ。
ちょっと意外だけど、お似合いかも…
二人が手をつないでるとこを想像してみたら、顔がニヤけちゃった。
『へぇ、オレ、大翔は香奈ちゃんだと思ってたー』
『あ、俺も。たまに校庭で一緒にいるもんな』
……私!?
急に自分の名前が出て、とたんに居心地が悪くなった。
ドリルは諦めてもう帰ろ…。
立ち聞きなんて、するものじゃない。しちゃいけないよねって。
もっと早く、そうしてれば良かった。
『アイツはありえねえだろ』
最近声変わりが始まって、出会った頃より少し低くなった、アルトの声。
それは間違いなく大翔くんのもの。
なのに、知らない人が話しているように聞こえるのは…なんで――?
『デブな上にブスだし。外見が地味じゃん。着てる服、ダサいし。女としてナイだろ』
足が、動かない。動いてくれない。
『普通、絵が上手かったらセンスは良いじゃん。如月響子みたいにさ。だけどアイツ、絵だけ。他に取り柄なし。
絵が選ばれたからってチョーシに乗ってるけど、あんなんじゃ…プロになるの、無理』
――プロになるの、無理…
大翔くんの声、頭の中でエコーがかかったみたいに反響してる。
ギャハハハ…って、男の子たちの、私への、嘲笑。
ガタンッ!!!
突然大きな音がした。教室の中、笑いが止まって、代わりに、誰だよ?って声が聞こえる。
自分が、立っていられなくて、扉にもたれ掛かってしまったんだって、遅れて気が付いた。
ガラって扉の開く音。
香奈ちゃんだ!ヤベえ…!って焦る、誰かの声。
走った。
足に、上手く力が入らなくて、何度も転んだ気がするけど。
一刻も早く、教室から…離れなきゃ…
大翔くんから……離れなきゃ。って。
*
朝、7時。
心配そうなお母さんに大丈夫だよって、手を振って、通学路を歩いた。
今日は、図工室に飾られている絵を梱包して、ローマに送る日。
その前にもう一度、絵を見ておきたくて。
キモチを立て直したくて。
私は、いつもよりかなり早く家を出た。
お母さんに上手に笑えてたかな……自信、ない。
昨晩は結局、一睡もできなかった。
大翔くんのあの言葉、本気…なのかな。
デブ、ブス、地味。
もし本気だったら……酷い。
確かに私、デブだけど…可愛くもないけど…。服も、あんまり興味なくて、適当に着てる…けどさ。
でも、“女としてナイ”なんて、そこまで言わなくても……。
思い出したらまた、涙がこぼれた。
ダメ…。昨日泣き明かしたせいで、ただでさえ目が腫れてるのに。
こんなことで、落ち込むな…!私。
ソトヅラなんて、関係ない。私は絵を頑張るんだから。
今回みたいに、頑張れば、絶対に認めてくれる人はいるんだから…!
誰もいない渡り廊下を歩き、離れにある図工室に向かう。
朝の空気を吸い込んで、吐き出して、
そっと、扉に手をかけた。