梅雨の時期。最近雨続きだったけど、今日は久しぶりに雲間から太陽が覗いてる。
チュンチュン…って、このあたりは田舎だから、鳥の声も聞こえてきて。
朝の光が差し込んでる、図工室に。
それは、あまりにも不釣合いな光景だった。
壁の、一部分が……染まっている。
真っ赤に――――
一瞬、息が…できなかった。
今、目の前に広がる事実。
それを認識することを、全身が拒否してた。
視界が霞んで力が抜ける。
昨日、大翔くんのコトバを聞いたときの比じゃない。
とても立っていられなくて、私はその場に座り込んだ。
放心状態の私の耳が、パコッ…パコッて、間の抜けた音を拾う。
学校指定の上履き、そのかかとを踏んで歩いたときの、足音。
……近づいて…くる……!
胃の奥から、嫌な予感がせりあがって、喉を圧迫した。
やだ…来ないで……
こないで……ッ!!
「おはよ」
嘘…でしょ?
「いい天気だなー」
嫌…やめて……聞きたくない!!
「そんなとこ座り込んで、どうしたの?……香奈ちゃん」
アルトの声が、光の差し込む明るい教室に、響いた。
「わたし…の……絵……」
「ああ、アレ?」
やっとのことで搾り出した私の声とは対照的に、大翔くんの声は淡々としてる。
「……大翔くん……まさか……」
「そ、俺だよ。やったの」
彼が顎をしゃくって示した先。
真っ赤に染まった、私の絵。
今日、ローマに送られて、来月の響子さんの個展で展示されるはずだった、絵。
画用紙の下端から、ポタ…ポタ…って、赤い液体が落ちて、床に水溜りをつくってる。
傍らには、ペンキの缶が転がってた。
「ど…して……?」
「……」
「どうしてこんなことするのッ!!!?」
床に座り込んだまま、声を限りに叫んだ。
大翔くんはゆっくりと口の端を持ち上げ、笑った。
…やだ…ちがう……こんな笑い方、するひとじゃない……。
「昨日の話、聞いてたんだろ?だったら分かるんじゃね?
…演技だよ、最初から」
「え…?」
エ…ンギ……?
「鈍いな。今までアンタと過ごしてきた俺、あんなの作り物だって言ってんの」
はーって、目の前のヒトは、心底つまらなそうに溜め息を吐いた。
「最初は軽い気持ちだったんだ。転校先の学校で、校庭の隅で何かやってるヤツがいるなって、興味本位で近づいた。
顔見たら、マヌケそーなツラだったし、コイツ、どこまで騙せるかなって。
全部、退屈な日常に刺激加えるための、遊びだよ」
べえって、ふざけてるみたいに舌を出すけれど、
……目は…笑ってない。
「わりと楽しめたけど、昨日のでバレたし、もうゲームオーバー。
そんな見た目で、頑張ったら夢が叶うとか本気で思ってんのが腹立つからさ、最後にちょっとイタズラしてやった」
「……サイテー…」
「何とでも言えば?そのサイテーなヤツにまんまと騙されたのはアンタだけど」
「…私が…あなたに……何したって言うのっ!!?」
目の前の人は、フって失笑して。
氷みたいな視線で私を見下ろした。
「じゃーな、“香奈チャン”」
あのヒトはもう、“大翔くん”じゃない。
パコッ…パコッ…
遠ざかる上履きの音を聞きながら
虚ろな頭で、私が考えることができたのは、それだけ。