第2章5





梅雨の時期。最近雨続きだったけど、今日は久しぶりに雲間から太陽が覗いてる。

 チュンチュン…って、このあたりは田舎だから、鳥の声も聞こえてきて。

 朝の光が差し込んでる、図工室に。

 

 

 それは、あまりにも不釣合いな光景だった。

 

 

 

 壁の、一部分が……染まっている。

 

 

 

真っ赤に――――

 

 

 

一瞬、息が…できなかった。

 

 

今、目の前に広がる事実。

それを認識することを、全身が拒否してた。

 

 

視界が霞んで力が抜ける。

昨日、大翔くんのコトバを聞いたときの比じゃない。

とても立っていられなくて、私はその場に座り込んだ。

 

 

放心状態の私の耳が、パコッ…パコッて、間の抜けた音を拾う。

学校指定の上履き、そのかかとを踏んで歩いたときの、足音。

……近づいて…くる……!

 

 

胃の奥から、嫌な予感がせりあがって、喉を圧迫した。

 

 

やだ…来ないで……

 

こないで……ッ!!

 

 

 

 

 

「おはよ」

嘘…でしょ?

「いい天気だなー」

嫌…やめて……聞きたくない!!

「そんなとこ座り込んで、どうしたの?……香奈ちゃん」

 

アルトの声が、光の差し込む明るい教室に、響いた。

 

 

「わたし…の……絵……」

「ああ、アレ?」

 やっとのことで搾り出した私の声とは対照的に、大翔くんの声は淡々としてる。

「……大翔くん……まさか……」

「そ、俺だよ。やったの」

 

彼が顎をしゃくって示した先。

真っ赤に染まった、私の絵。

今日、ローマに送られて、来月の響子さんの個展で展示されるはずだった、絵。

画用紙の下端から、ポタ…ポタ…って、赤い液体が落ちて、床に水溜りをつくってる。

傍らには、ペンキの缶が転がってた。

 

 

「ど…して……?」

「……」

 

「どうしてこんなことするのッ!!!?」

 床に座り込んだまま、声を限りに叫んだ。

 

大翔くんはゆっくりと口の端を持ち上げ、笑った。

…やだ…ちがう……こんな笑い方、するひとじゃない……。

 

「昨日の話、聞いてたんだろ?だったら分かるんじゃね?

 

 …演技だよ、最初から」

 

「え…?」

エ…ンギ……?

 

「鈍いな。今までアンタと過ごしてきた俺、あんなの作り物だって言ってんの」

 

 はーって、目の前のヒトは、心底つまらなそうに溜め息を吐いた。

 

「最初は軽い気持ちだったんだ。転校先の学校で、校庭の隅で何かやってるヤツがいるなって、興味本位で近づいた。

顔見たら、マヌケそーなツラだったし、コイツ、どこまで騙せるかなって。

全部、退屈な日常に刺激加えるための、遊びだよ」

 

 べえって、ふざけてるみたいに舌を出すけれど、

 ……目は…笑ってない。

 

「わりと楽しめたけど、昨日のでバレたし、もうゲームオーバー。

そんな見た目で、頑張ったら夢が叶うとか本気で思ってんのが腹立つからさ、最後にちょっとイタズラしてやった」

 

 

「……サイテー…」

「何とでも言えば?そのサイテーなヤツにまんまと騙されたのはアンタだけど」

 

「…私が…あなたに……何したって言うのっ!!?」

 

 目の前の人は、フって失笑して。

 氷みたいな視線で私を見下ろした。

 

 

「じゃーな、“香奈チャン”」

 

 

 

 

 

 あのヒトはもう、“大翔くん”じゃない。

 

 パコッ…パコッ…

遠ざかる上履きの音を聞きながら

虚ろな頭で、私が考えることができたのは、それだけ。





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