第2章6





「その後は、桐谷くんも知ってる通り。私は学校に行けなくなって…退学。5年生の冬に、この町に引っ越したの」

 

 待合室、二人並んで座り、前を向いてた。彼がどんな顔をしているのか、見えなかった。

見えないままの方が、好都合。

 

「もう分かってると思うけど、私、整形したんだ」

 

 桐谷くんは、何も言わずに私の話を聞いてる。

 

「自分の外見が、ものすごく嫌になって……部屋から一歩も外に出られなくなったの。一回だけ、ムリヤリ外出したときは、気持ち悪くて…吐いちゃった。

みんなが…悪意を持って私を見てるような気がして。お父さんやお母さんにすら、こんな醜い子、ホントはいらないって…思われてるような気がして…。」

 

 涙は、もうとっくに止まっていた。

 

「有名な精神科に通って、たくさん治療を受けた。それでも、症状は改善しなくて。

 コレをやってみてダメだったら、もう諦めるしかないって、そう言われて、勧められた最終手段が…

“石原香奈を捨てること”」

 

 

 顔と名前を変えて、別の人間として新しい人生をスタートする。

 今までの人生は、なかったことにして…。

 

 もちろんそんなこと、したくなかった。

 だけど、当時の私が当たり前に生活するためには、この方法に懸けるしかなかったから。

 

 

やるしかないって、覚悟を決めた。

 

 

「改名って、けっこうカンタンにできちゃうんだよ。

 家庭裁判所で、病院の診断書を見せて。裁判官の人たちで審議して、許可が下りたら、後は事務的な書類を書くだけ。

 “椎名”はお母さんの旧姓で、“咲”はお父さんとお母さんが考えてくれた。

治療は成功して……時間はかかったけど、少しずつ外に出られるようになって。

 笑えるようになって、絵も、描けるようになった」

 

 

 我が子が突然、別人になってしまっても、昔と変わらず接してくれた、お父さんと、お母さん。

 本当に、感謝してもしきれない。

二人のためにも、早く元気にならなくちゃって…思ったんだ。

 

 

 

 鏡に映った、石原香奈じゃない、別人の私。

椎名咲は、すごくカワイイ顔をしてた。

 

変わらなきゃ…。そう思った。

 外見が良ければ、もう夢を潰されることもないし、蔑みの視線を向けられることもない。

 

 

 そして、私はtearに入会した。

 “イイ女”になるために。

 

 

 

「今は、ほとんどフツウの高校生だよ。過去を思い出しても、ヘーキ。

昔みたいに怖くて震えが止まらなくなることも、悪夢にうなされることもなくなったし…。

 でも…ごめんね。

 桐谷くんにされたこと、もう吹っ切れたつもりだったんだけど…。こんな風に打ち明けちゃったってことは、まだどこかで根に持ってるのかな…」

 

 分かってるのに。

こんな、誰かを恨んだり、憎んだりするキモチで、キレイになんてなれない。前にも進めないって。

 

 

 

 

「だからあの時、あんなに怯えてたのか」

 

「え…?」

 

 ずっと黙ってた桐谷くんが、口を開いた。

 

「遠足で、ナンパされてた時。尋常じゃない震えだった。

 あれは、男に悪意を持たれたから?」

 

「……うん…。今でも、男の人って苦手なんだ」

 あの教室で…私に向けられたみんなの嘲る声が、フラッシュバックして。

 ぞわって背中に悪寒が走って、怖くなる。

 

たぶん、またあんな目に会うかもって、無意識下で考えちゃうから。

 

 

「美術室にボール取りに行ったとき…椎名さん、俺がどこから越してきたか聞いたよな」

「…う…ん……」

「アレは、転入生の桐谷大翔が本当に“ 大翔くん”かどうか、確かめるため?」

「………」

 

「遠足にパリっこ持ってきたのは、俺がガキの頃好きだったって知ってたから。

それで俺の気をひくため…だったりして」

 

 

 隣に座ってた桐谷くんが立ち上がった。

 正面にまわられて、漆黒の瞳と、視線がぶつかる。

 

 やっぱり。

 

 

 逸らせない。

 

 

 断定的な口調は避けてたけど、桐谷くんは全部、気がついてる。

 私が自分で蓋をして、気付かないフリをしている、

私の中のキタナイ部分に。

 

 

 桐谷くんの声は、あの頃よりずっと大人っぽくて、低い。

 なのに鋭くて、考えてることすぐ分かっちゃう、そういうとこは昔から変わってないんだね。





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