第3章3





「今から試合?」

「ひゃっ!……あ…先輩…」

 体育館の近くの自販機で飲み物を買ってたら、突然真後ろから声が聞こえた。

「あ…驚かせてごめん。咲ちゃんが一人でいるの、珍しいね」

「今から杏奈がバスケの試合なんです。コレは…飲み物持ってこなかったって言うから差し入れに…」

 買ったばかりのペットボトルを軽く掲げる。先輩は、ああ…って納得したように頷いた。

杏奈といっしょにいる時に、何回か先輩と会ったことがあるから、分かったのかな?

「今日、かなり暑いから…飲み物なしじゃキツいよね」

「ホント。杏奈、普段スポーツなんてしないから、そういうの分かってないんですよ。あ!でも運動神経は抜群で…今回の球技大会も、皆に頼まれてバスケとバレー掛け持ちしてるんです」

「へえ…すごいね。なのに運動部には入らないんだ?」

「そうなんです…。勿体ないですよね。色んな部から誘われてるんですけど、キツい練習より遊びたいからって一言でバッサリ。諦めきれない人から、私からも説得してくれって頼み込まれたこともあるんですよ。それくらい、引っ張りだこで――」

 

 クスクスって、控えめな笑い声が聞こえてきて、はって気が付いた。

 しまった…!私、つい夢中に…。

 

 

「すみません…。先輩、今から体育館で試合ですよね」

「いや、早めに来たからまだ大丈夫」

 にこって、優しい笑み。

 

「仲良いんだね、友達と」

「え?」

「いつもそんなに口数が多いほうじゃないでしょ。その咲ちゃんが、珍しく饒舌だから」

 

 先輩は微笑ましいなって顔をしてる。

 でも、気のせいかな…?……ちょっと、寂しそうに見えた。

 

 ダメだなあ…私…。先輩といると話しやすくて、つい自分ばかり…。

 聞いてもらうばかりじゃなくて、先輩の話も聞きたい。

 何でもいいから、先輩の思ってること、話してほしい。

 

「じゃ、そろそろ行こうかな」

「ハイ!試合、頑張ってください」

「咲ちゃんも。体育館は暑いから、観戦だけでも水分はしっかりとってね」

 熱中症とか心配だから。って、爽やかな笑顔でそう言い残すと、先輩は体育館の中に消えた。

 

先輩はいつも人のことばっかり。

 私が同じ部の後輩だから、気にかけてくれてるの?

 もし…それが別の人だったら……やっぱりその人に、私と同じように、優しくするのかな…。

 

 

体育館でアップ中の杏奈を探し、休憩のタイミングを見計らって近づいた。

「杏奈、コレ、差し入れ〜」

「わ、ありがとー!買ってきてくれたの?ココすっごい暑いし、やっぱ飲み物ないとキツいわー」

「当たり前だよー。真夏に飲み物ナシでバスケなんて、ありえないよ?」

「ハイハイ。これからは気をつけます」

 口調はアレだけど、杏奈は嬉しそうに華やかな笑顔を見せてくれたから。

 試合、頑張ってねって手を振った。ピーって選手集合の合図の、笛の音が鳴る。

 

 瞬間、杏奈の顔が耳元に寄せられて。

彼女がいつもつけてる、コロンの甘い香りが鼻を掠めた。

 

「王子、あっちのコートの隅っこで練習してるよ」

 

ウチのクラスの試合ばっかり観てなくてもいいんだからね!

小声で言って、イタズラっぽくウインクした杏奈は、走ってコートの中央に整列した。

 ホント、杏奈には適わない。

 

 杏奈の応援をしつつ、周りにバレない程度に、ちょっとだけ先輩の方を伺ってみる。

 小学生のときにバスケットをやっていたらしい先輩は、普段の柔らかな物腰からは想像もつかないくらい、俊敏だった。

 色素の薄い、サラサラの髪が揺れて、鮮やかなフェイントでディフェンスを抜き去り、シュート。

 ボールはキレイな弧を描いて、吸い込まれるみたいにゴールの輪を通り抜けた。

初めて見た、スポーツしてる先輩。

 絵を描いてるときとはまた違う、真剣な表情…。

 

 知らないうちに、見とれてしまってたみたい。

 

 

ぽんって肩を叩かれて、わっ!って、大げさに反応しちゃった。

「あ、ごめんね。驚かせるつもりじゃなかったんだけど」

 同じクラスの、女の子たちだった。

今日はこういうの、多いなあ…。

「咲、独り?一緒に試合観よーよ」

「あ、ウン。ありがとう」

 気を遣ってくれてる…?ううん、それでも…嬉しい。いつも杏奈と二人だと、こういう時、どうしていいか分からないから。

 

 応援をしつつ、他3人の会話を聞いてた。

 女子にはグループがあって、普段一緒にいない子たちとの会話って、ちょっと難しいんだ。

 ここは聞き役に徹しようって、そう思ってたのに。

 

 

「ね、咲って、王子と仲良いよね!」

「え!?」

 いつの間に先輩の話になったんだろ?急に話を振られて、とっさに言葉が出てこない。

「同じ美術部じゃん?」

「あ…う、うん」

「いーなー!アタシ美術とか興味ないけど、王子に毎日会えるなら入部したい!」

 あたしもあたしもーって、他の二人が相槌を打つ。

「さっきそこでバスケしてるの見てたんだけど、もう、ちょーカッコイイの!」

「ねー文化系の印象だったのに、スポーツもできるんだもんね〜!またポイント上がっちゃった」

「性格もめちゃくちゃ優しいって噂だし、パーフェクトだよね」

 

 勝手に盛り上がっていくクラスメイトを、ボーっと眺めることしかできない。

 先輩は、モテる。

 “王子”なんて呼ばれちゃうくらいだから当然だけど、しょっちゅう告白されてるみたい。

 きっと、狙ってる人、たくさんいるんだろうな…。

 今だって、練習してる先輩目当てで体育館にきてる女の人、何人かいる。

 目立たないところで先輩のこと見て、色めき立ってるの、遠くから見たらすぐ分かっちゃう。

 

 

 やだなあ………。

 

 胸の奥、モヤモヤして…どす黒い澱が溜まってくみたい……。

 

 

「咲さぁ、王子と付き合って…は、ないよね?」

 私に尋ねる三人の目は、真剣だった。

 どうして…そんなこと聞くの…?

「そ…そんな!まさか――」

 

 

 

「話し中に悪い。ちょっといい?」

 

低い声が、私の声を遮って。

振り返ったら、心臓が口から飛び出すかと思った。

最近ずっと避け続けてた人が、目の前に、立ってたから。

 

「椎名さんにちょっと急用なんだけど」

「あ、どーぞどーぞ。こっちはそんな大した話じゃないし」

 ねって、顔を見合わせ、愛想笑いをする女の子たち。恋愛の話って、あんまり男子には聞かれたくないものだ。

 

 それより急用って…なに?私、何かした?

 状況が、まったく飲みこめない。

 

大きな手に、腕を掴まれて。

なにも言えないまま…体育館から連れ出された。





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