第3章4





 夏の青い空はどこまでも澄んでいて、遠くに入道雲が浮かんでいる。

 今の私の心境とは正反対で。

 まるで、落ち込んでることをあざ笑われてるみたい。

 

 

「急用って…何?」

 

 連れてこられたのは、駐輪場。

 球技大会真っ最中の今、私たち以外に人の姿はなかった。

 

「んー…別に大した用じゃないんだけど」

 

 桐谷くんは、コンクリートの地面にお尻をつけて座りこんだ。

 塀を背もたれがわりにして、しばらく動く気はないって意思表示かな…。

 

 てっきり…避け続けてることを、問い詰められるのかと思ったんだけど。

彼の雰囲気は、そんな感じじゃない。

 

「…ビックリした…。急用って言うから、何かあったのかと思って……」

 

「何かあったんだろ?」

 

「…え?」

確信の色を含んだ声が、私の言葉を遮った。

避けていた気まずさから、ぎこちない愛想笑いを浮かべてた顔が…凍りつく。

桐谷くんは、立ちすくむ私の方を流し見た。

 

 

「ずっと泣きそうな顔してる」

 

「…!」

 

 今度こそ、全身が凍った。

 

 こういう時、どう切り返せばいいんだっけ…。

 そんなことないよって、笑ってごまかす?

 

…でも今は、うわっつらの笑顔だけで上手く隠し通す自信…ない。

 

 桐谷くんの、目。

 私のこと、全部見透かされてるみたいで…。

 

 

「たまには我慢すんの、やめたら?」

 

 彼の唇から紡がれる声。

 いつも淡々としてる口調が、すごく柔らかくて…優しかった。

 

 

 

 先輩は、誰に対しても笑顔で接する。

頼りになって、親しみやすい。

 

 さっき、体育館で、先輩の人気を目の当たりにして、

そういうのが…私だけに向けられればいいのにって思ってしまったんだ。

 

 “皆に優しい先輩”が、好きだったはずなのに。

 先輩と一緒に絵を描いていられるだけで、幸せだったのに。

 

 先輩のこと好きな人はたくさんいる。私なんて…大勢の中の一人でしかない。

 手の届かない、雲の上の存在。

 

そう思ったら、どうしようもなく悲しくなって。

自分の後ろ向きの思考にも、嫌気が差して。

 

桐谷くんの隣にしゃがみこんで、泣いた。

 彼は前を向いている。涙の理由、何も聞かない。

私を慰めるようなことも…しない。

 

ただ、ずっと隣に座ってた。

 

 

 

「椎名さんて昔から…あんまり自分の主張しないよな」

 涙が止まって、落ち着いた頃、桐谷くんが静かに呟いた。

 

「…う…ん」

「まわりに合わせるのが必要な時もあるけど、ホントに辛いときまで…笑おうとすんなよ」

「……」

 

「心配になるから」

 

 ふいってそっぽを向いた顔が、少し赤い。

 もしかして…照れてる?

 

 普段はクールなだけに、ちょっと、意外…。

 ふふって思わず笑ってしまった。

 

 

「それ。そういう顔してたほうが…可愛い」

 

 

「…っ!」

 

顔を覗き込まれて、至近距離で目が合った。

 心臓が…壊れそうなくらい、早鐘を打っている。

 

 ちょ…っと……不意打ち…だよ…。

 いつもは無表情で、何考えてるか分からないのに…。

 

 そんな…甘くて、とろけそうな笑顔…するなんて。

 

 でも、それは一瞬で。

 じゃーなって立ち上がった彼は、もういつものポーカーフェイスだ。

 

 体育館の方に引き返していく後姿をぼーっと見送る。

 

 心臓の音は、当分収まりそうにないけれど、

 さっきまでモヤモヤしてた胸の中は、嘘みたいにスッキリしてた。





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