夏の青い空はどこまでも澄んでいて、遠くに入道雲が浮かんでいる。
今の私の心境とは正反対で。
まるで、落ち込んでることをあざ笑われてるみたい。
「急用って…何?」
連れてこられたのは、駐輪場。
球技大会真っ最中の今、私たち以外に人の姿はなかった。
「んー…別に大した用じゃないんだけど」
桐谷くんは、コンクリートの地面にお尻をつけて座りこんだ。
塀を背もたれがわりにして、しばらく動く気はないって意思表示かな…。
てっきり…避け続けてることを、問い詰められるのかと思ったんだけど。
彼の雰囲気は、そんな感じじゃない。
「…ビックリした…。急用って言うから、何かあったのかと思って……」
「何かあったんだろ?」
「…え?」
確信の色を含んだ声が、私の言葉を遮った。
避けていた気まずさから、ぎこちない愛想笑いを浮かべてた顔が…凍りつく。
桐谷くんは、立ちすくむ私の方を流し見た。
「ずっと泣きそうな顔してる」
「…!」
今度こそ、全身が凍った。
こういう時、どう切り返せばいいんだっけ…。
そんなことないよって、笑ってごまかす?
…でも今は、うわっつらの笑顔だけで上手く隠し通す自信…ない。
桐谷くんの、目。
私のこと、全部見透かされてるみたいで…。
「たまには我慢すんの、やめたら?」
彼の唇から紡がれる声。
いつも淡々としてる口調が、すごく柔らかくて…優しかった。
先輩は、誰に対しても笑顔で接する。
頼りになって、親しみやすい。
さっき、体育館で、先輩の人気を目の当たりにして、
そういうのが…私だけに向けられればいいのにって思ってしまったんだ。
“皆に優しい先輩”が、好きだったはずなのに。
先輩と一緒に絵を描いていられるだけで、幸せだったのに。
先輩のこと好きな人はたくさんいる。私なんて…大勢の中の一人でしかない。
手の届かない、雲の上の存在。
そう思ったら、どうしようもなく悲しくなって。
自分の後ろ向きの思考にも、嫌気が差して。
桐谷くんの隣にしゃがみこんで、泣いた。
彼は前を向いている。涙の理由、何も聞かない。
私を慰めるようなことも…しない。
ただ、ずっと隣に座ってた。
「椎名さんて昔から…あんまり自分の主張しないよな」
涙が止まって、落ち着いた頃、桐谷くんが静かに呟いた。
「…う…ん」
「まわりに合わせるのが必要な時もあるけど、ホントに辛いときまで…笑おうとすんなよ」
「……」
「心配になるから」
ふいってそっぽを向いた顔が、少し赤い。
もしかして…照れてる?
普段はクールなだけに、ちょっと、意外…。
ふふって思わず笑ってしまった。
「それ。そういう顔してたほうが…可愛い」
「…っ!」
顔を覗き込まれて、至近距離で目が合った。
心臓が…壊れそうなくらい、早鐘を打っている。
ちょ…っと……不意打ち…だよ…。
いつもは無表情で、何考えてるか分からないのに…。
そんな…甘くて、とろけそうな笑顔…するなんて。
でも、それは一瞬で。
じゃーなって立ち上がった彼は、もういつものポーカーフェイスだ。
体育館の方に引き返していく後姿をぼーっと見送る。
心臓の音は、当分収まりそうにないけれど、
さっきまでモヤモヤしてた胸の中は、嘘みたいにスッキリしてた。