第3章6





 カラオケの、大きな音が響く部屋から出て、杏奈を探した。

 一緒にいなかったからすぐには気が付かなかったけど、しばらく前から、彼女の姿が見えない。

 

 ケータイには何も連絡、来てなかったし…帰ってはいないよね。

 しっかり者の杏奈だから、大丈夫だろうって油断してたけど。

 

 今は、お酒が入ってる。

 何かあったとしてもおかしくない。

 

 フロアを歩く足取りが覚束なかった。

座っているときよりもずっと頭が揺れて、酔ってる感じがする。

 

 よろけないように慎重に歩を進めていたら、トイレの手前で明るい茶髪を見つけた。

 

「杏奈っ…!」

 床に座り込んで俯く彼女に、慌てて近づいた。

 

「どしたの!?何かあった?」

「…きもち…わる…」

「気持ち悪いの?お酒で…?」

「た…ぶん…」

 

 切れ切れに紡がれる声は、いつもの…張りのある良く通る声じゃない。

 どうしよう…こういう時、どうしたらいいの…?

 髪の間から覗いた杏奈の顔は、血の気が引いて、真っ青だった。

 

 脇の下に体を入れて、支えようとするけど…ダメ。

 杏奈の体、弛緩してて全然持ち上がらない。

 酔ってる私じゃ、支えられるわけがなかった。

 

 店員さんか、クラスの誰かに頼もう…って一旦引き返そうとしたら、

 

「わっ…と……咲ちゃん?」

「…ごめんなさいっ!……あ…」

 

曲がり角で、ぶつかりかけたのは…なんと先輩だった。

 

「偶然だね。今、球技大会の打ち上げで、クラスの人たちと来てるんだ」

「私も打ち上げで……あ…!いきなりで申し訳ないんですけど、ちょっと助けてもらえませんか!?杏奈が…っ」

 

 必死で捲し立て、杏奈がうずくまっている方に視線を向けた。

 先輩は、それだけで状況を察してくれたみたいだった。

 

 私の脇をすり抜け、座っているのがやっとの杏奈に駆け寄り、二言三言話しかけると。

 次の瞬間、何の躊躇いもなくその身体を、横抱きにした。

 いわゆる、オヒメサマ抱っこ。

 

 こんな状況で不謹慎だけど…ちょっと羨ましいなって思っちゃった。

 慌てて浅はかな考えを振り払って。

 これまた何の躊躇いもなく女子トイレに入っていく先輩を追った。

 

 先輩は、杏奈を便器の前にしゃがませ、いつもよりずっとか弱く見える背中を擦ってる。

 

「俺にまかせて、とりあえず戻っていいよ」

「え…でも、後は私が…」

 呆然と見ていることしかできなかった私。

先輩にそこまでさせるの、悪いなって思って食い下がった。

 

「彼女、相当飲んだみたいだから…一度吐いた方がいい。

咲ちゃんも…飲んでるでしょ?ここにいたら、多分一緒に気持ち悪くなるから」

 

「……じゃあ…お願いします」

 杏奈のことは心配だけど…要領を得ない私がついてるより、ここは先輩に任せた方がいいかもしれない。

 う…って、低い声を搾り出す杏奈。

 かなり…苦しそう…。

 まさか、最悪の事態に…なんてことはないよね…?

 

 言い様のない不安感がせり上がってくる。

 

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。…すぐに収まる」

 私と目を合わせて、いつもの優しい微笑みを浮かべる先輩を見て、ちょっとだけ気分が軽くなった。

 

 それじゃ…って先輩が個室の扉を閉めると、杏奈の苦しそうな声は遠のいた。

 

 

 

 

 部屋の中の人数は最初の半分ほどに減っていた。

 途中で帰ったり、酔って寝てたりする人がいるからだろう。

 

 さっきの衝撃のせいか、酔いはかなり醒めたけど、

 何となくアルコールの威力が怖くなってきて、手近にあったウーロン茶を一口飲んだ。

 

 

 先輩…少しも動揺してなかった。

 私は…杏奈の普通じゃない状態を目の当たりにしたら…頭が真っ白になって、みっともなく焦ることしかできなかったのに。

 

 先輩を女子トイレにいさせるのは…ちょっと…ううん、かなり申し訳ないと思ったんだけど。

 先輩はそんなこと、全然気にしてないみたいだった。

 

 カッコイイな…。

 見た目だけじゃなくて、中身も。

 パーフェクトって言われるの、すごく分かる。

 あの場に偶然先輩がいてくれて、良かった。

 

 先輩がついてれば、きっと杏奈は大丈夫だろう。

 

そう思って、安心しきっていたんだけど。

 

 

 遅い…。

 部屋に戻ってきてからもう20分。

 いくらなんでもちょっと…遅すぎじゃない?

 まさか、杏奈の容態が予想以上に悪かった…とか…。

 

 あり得る…。

 

 ここにいても落ち着かないし…

 ちょっと様子、見に行ってみようかな。

 

 

 さっきよりはかなり安定した足取りで、席を立った。




 それが、間違いだった。





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