カラオケの、大きな音が響く部屋から出て、杏奈を探した。
一緒にいなかったからすぐには気が付かなかったけど、しばらく前から、彼女の姿が見えない。
ケータイには何も連絡、来てなかったし…帰ってはいないよね。
しっかり者の杏奈だから、大丈夫だろうって油断してたけど。
今は、お酒が入ってる。
何かあったとしてもおかしくない。
フロアを歩く足取りが覚束なかった。
座っているときよりもずっと頭が揺れて、酔ってる感じがする。
よろけないように慎重に歩を進めていたら、トイレの手前で明るい茶髪を見つけた。
「杏奈っ…!」
床に座り込んで俯く彼女に、慌てて近づいた。
「どしたの!?何かあった?」
「…きもち…わる…」
「気持ち悪いの?お酒で…?」
「た…ぶん…」
切れ切れに紡がれる声は、いつもの…張りのある良く通る声じゃない。
どうしよう…こういう時、どうしたらいいの…?
髪の間から覗いた杏奈の顔は、血の気が引いて、真っ青だった。
脇の下に体を入れて、支えようとするけど…ダメ。
杏奈の体、弛緩してて全然持ち上がらない。
酔ってる私じゃ、支えられるわけがなかった。
店員さんか、クラスの誰かに頼もう…って一旦引き返そうとしたら、
「わっ…と……咲ちゃん?」
「…ごめんなさいっ!……あ…」
曲がり角で、ぶつかりかけたのは…なんと先輩だった。
「偶然だね。今、球技大会の打ち上げで、クラスの人たちと来てるんだ」
「私も打ち上げで……あ…!いきなりで申し訳ないんですけど、ちょっと助けてもらえませんか!?杏奈が…っ」
必死で捲し立て、杏奈がうずくまっている方に視線を向けた。
先輩は、それだけで状況を察してくれたみたいだった。
私の脇をすり抜け、座っているのがやっとの杏奈に駆け寄り、二言三言話しかけると。
次の瞬間、何の躊躇いもなくその身体を、横抱きにした。
いわゆる、オヒメサマ抱っこ。
こんな状況で不謹慎だけど…ちょっと羨ましいなって思っちゃった。
慌てて浅はかな考えを振り払って。
これまた何の躊躇いもなく女子トイレに入っていく先輩を追った。
先輩は、杏奈を便器の前にしゃがませ、いつもよりずっとか弱く見える背中を擦ってる。
「俺にまかせて、とりあえず戻っていいよ」
「え…でも、後は私が…」
呆然と見ていることしかできなかった私。
先輩にそこまでさせるの、悪いなって思って食い下がった。
「彼女、相当飲んだみたいだから…一度吐いた方がいい。
咲ちゃんも…飲んでるでしょ?ここにいたら、多分一緒に気持ち悪くなるから」
「……じゃあ…お願いします」
杏奈のことは心配だけど…要領を得ない私がついてるより、ここは先輩に任せた方がいいかもしれない。
う…って、低い声を搾り出す杏奈。
かなり…苦しそう…。
まさか、最悪の事態に…なんてことはないよね…?
言い様のない不安感がせり上がってくる。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。…すぐに収まる」
私と目を合わせて、いつもの優しい微笑みを浮かべる先輩を見て、ちょっとだけ気分が軽くなった。
それじゃ…って先輩が個室の扉を閉めると、杏奈の苦しそうな声は遠のいた。
*
部屋の中の人数は最初の半分ほどに減っていた。
途中で帰ったり、酔って寝てたりする人がいるからだろう。
さっきの衝撃のせいか、酔いはかなり醒めたけど、
何となくアルコールの威力が怖くなってきて、手近にあったウーロン茶を一口飲んだ。
先輩…少しも動揺してなかった。
私は…杏奈の普通じゃない状態を目の当たりにしたら…頭が真っ白になって、みっともなく焦ることしかできなかったのに。
先輩を女子トイレにいさせるのは…ちょっと…ううん、かなり申し訳ないと思ったんだけど。
先輩はそんなこと、全然気にしてないみたいだった。
カッコイイな…。
見た目だけじゃなくて、中身も。
パーフェクトって言われるの、すごく分かる。
あの場に偶然先輩がいてくれて、良かった。
先輩がついてれば、きっと杏奈は大丈夫だろう。
そう思って、安心しきっていたんだけど。
遅い…。
部屋に戻ってきてからもう20分。
いくらなんでもちょっと…遅すぎじゃない?
まさか、杏奈の容態が予想以上に悪かった…とか…。
あり得る…。
ここにいても落ち着かないし…
ちょっと様子、見に行ってみようかな。
さっきよりはかなり安定した足取りで、席を立った。
それが、間違いだった。