第4章2

注:GL要素あり。ごく軽い表現ですが、閲覧は自己責任でお願いいたします。




 杏奈と会うと、2回に1回はミンクでお茶をする。

 ここのケーキは絶品なのに、あまり知られていない。ほとんど貸切状態で居心地がよくて。

 

「マスター、今日のオススメケーキは?」

 杏奈がよくそうするのを真似て、尋ねてみた。

 誰かと話していないと、緊張でどうにかなってしまいそうだったから。

「今日はモンブランだ」

 お喋りで気を紛らわせたいという私の願いも虚しく、無口なマスターはそれだけ言うと、口を閉ざしてしまった。

 4年も通っているだけあって、さすがに顔は覚えられているみたいだけど、話したことは数えるほどしかないマスター。

 私と同じで…人見知りなのかな。

 杏奈は、そんなマスターにも全く物怖じせずに話しかける。

 その根っからの人懐っこさを、何度うらやましいと思っただろうか。

 

 窓から花壇を眺め、物思いに耽っていると、キイ…と小さくドアが鳴いて、コツコツと控えめなヒールの音が近づいてきた。

 

「待たせちゃった?」

杏奈は、少しだけ申し訳なさそうに微笑む。

「今来たとこだよ」

 私も微笑みで返す。

 この間、ここでお茶したときと同じようなやり取り。だけど、流れている空気がぎこちない。

 察しが良い杏奈だから、私の態度がいつもと違うことに気付いているんだろう。

 きっと、昨日電話で約束を取り付けたときから。

 

 その証拠に杏奈は、微笑みはしても…私のほうを見ていない。

 

 

「先輩に、告白されたんでしょ?」

 単刀直入に言った。杏奈を相手に腹の探り合いなんて、したくなかったから。

 その顔に、少し影が落ちる。

 暗い表情をしていても、元々整った顔立ちは、憂いを帯びて美しかった。

 

「あの日…偶然聞いちゃったの」

 杏奈は目線を下に向け、何かに耐えるような表情をしている。

 

「咲…ゴメン…ね、王子があたしのことを好きなんて…考えもしなくて……応援するって言ったのに」

「そんなことを…謝ってほしいわけじゃないよ…!」

 

 声が震えた。

「どうして告白されたって、一言…言ってくれなかったの?私が落ち込むと思ったから?」

 ビクリ、と杏奈の肩が跳ねる。

「らしくないよ。腫れ物にさわるみたいに私のこと扱って…。さっきもそう。待ち合わせに遅れて来たって、悪びれずに笑い飛ばすのが杏奈でしょ?」

 

 珍しく声を荒げた私に、杏奈は目を見開いて、固まってる。

 

 気を遣われると、逆に辛いよ。

 

 4年前、言ってくれたじゃない。始めて会ったこのカフェで。

 絶対嘘つかない。言いたいことは言う…って。

 

 

「怖かったの…」

 ずっと黙っていた杏奈が、口を開いた。

「咲はそんな子じゃないって分かってるのに…。王子があたしのこと好きだって知ったら、咲が……離れていってしまうかもって」

 細く頼りない声で、眉を寄せて。

いつもの快活さはどこにも見えない。

 

先輩が言っていたことを思い出した。

杏奈が好きなのは……私。

 

恋をすると、臆病になる。

自分が好きな人には、同じように好きになってもらいたい。

嫌われたくない。

傍にいるとドキドキして、どう思われてるのかが気になって、

嬉しいのに、すごく…怖い。

 

そういう気持ち、よく分かってるはずだったのに。

 

向かいの席で俯く杏奈は、いつもよりずっと小さく見えた。

 

杏奈だって、完璧じゃない。ただの一人の女の子。

 弱気にならないってどうして言い切れるだろう。

 

ずっと誤解してたのかもしれない。

 明るくて、社交的で、いつもみんなの中心にいて。

 キレイで、オシャレ。自慢の彼もいる。

 前向きな彼女に悩みなんてない、と。

 

 そんなこと、あるはずがなかったんだ。

 

 杏奈の大きな目から、涙が零れた。

 長い間、一緒に過ごしてきた中で、彼女の涙を見たのは…あの時以来だ。

 

「私が過去を打ち明けたときも…杏奈、泣いてたね」

 4年前、このカフェで、勇気を出して全部話した。

ずっと友達だった男の子に傷つけられ、夢へのチャンスを潰されたのだ、と。

 酷いねとか、辛かったねとか…そういう類の言葉をかけられるかと思ったら、杏奈、何も言わずに泣いてるんだもん。

 あの時は面食らったっけ。

 

「同じ…だったから。あたしと」

「え…?」

 

 杏奈は、流れる涙をハンカチで拭った。

今日初めて、キレイな顔が真っ直ぐに私を見つめる。

 

 

 

「あたしも、tearの会員なの」





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