杏奈と会うと、2回に1回はミンクでお茶をする。
ここのケーキは絶品なのに、あまり知られていない。ほとんど貸切状態で居心地がよくて。
「マスター、今日のオススメケーキは?」
杏奈がよくそうするのを真似て、尋ねてみた。
誰かと話していないと、緊張でどうにかなってしまいそうだったから。
「今日はモンブランだ」
お喋りで気を紛らわせたいという私の願いも虚しく、無口なマスターはそれだけ言うと、口を閉ざしてしまった。
4年も通っているだけあって、さすがに顔は覚えられているみたいだけど、話したことは数えるほどしかないマスター。
私と同じで…人見知りなのかな。
杏奈は、そんなマスターにも全く物怖じせずに話しかける。
その根っからの人懐っこさを、何度うらやましいと思っただろうか。
窓から花壇を眺め、物思いに耽っていると、キイ…と小さくドアが鳴いて、コツコツと控えめなヒールの音が近づいてきた。
「待たせちゃった?」
杏奈は、少しだけ申し訳なさそうに微笑む。
「今来たとこだよ」
私も微笑みで返す。
この間、ここでお茶したときと同じようなやり取り。だけど、流れている空気がぎこちない。
察しが良い杏奈だから、私の態度がいつもと違うことに気付いているんだろう。
きっと、昨日電話で約束を取り付けたときから。
その証拠に杏奈は、微笑みはしても…私のほうを見ていない。
「先輩に、告白されたんでしょ?」
単刀直入に言った。杏奈を相手に腹の探り合いなんて、したくなかったから。
その顔に、少し影が落ちる。
暗い表情をしていても、元々整った顔立ちは、憂いを帯びて美しかった。
「あの日…偶然聞いちゃったの」
杏奈は目線を下に向け、何かに耐えるような表情をしている。
「咲…ゴメン…ね、王子があたしのことを好きなんて…考えもしなくて……応援するって言ったのに」
「そんなことを…謝ってほしいわけじゃないよ…!」
声が震えた。
「どうして告白されたって、一言…言ってくれなかったの?私が落ち込むと思ったから?」
ビクリ、と杏奈の肩が跳ねる。
「らしくないよ。腫れ物にさわるみたいに私のこと扱って…。さっきもそう。待ち合わせに遅れて来たって、悪びれずに笑い飛ばすのが杏奈でしょ?」
珍しく声を荒げた私に、杏奈は目を見開いて、固まってる。
気を遣われると、逆に辛いよ。
4年前、言ってくれたじゃない。始めて会ったこのカフェで。
絶対嘘つかない。言いたいことは言う…って。
「怖かったの…」
ずっと黙っていた杏奈が、口を開いた。
「咲はそんな子じゃないって分かってるのに…。王子があたしのこと好きだって知ったら、咲が……離れていってしまうかもって」
細く頼りない声で、眉を寄せて。
いつもの快活さはどこにも見えない。
先輩が言っていたことを思い出した。
杏奈が好きなのは……私。
恋をすると、臆病になる。
自分が好きな人には、同じように好きになってもらいたい。
嫌われたくない。
傍にいるとドキドキして、どう思われてるのかが気になって、
嬉しいのに、すごく…怖い。
そういう気持ち、よく分かってるはずだったのに。
向かいの席で俯く杏奈は、いつもよりずっと小さく見えた。
杏奈だって、完璧じゃない。ただの一人の女の子。
弱気にならないってどうして言い切れるだろう。
ずっと誤解してたのかもしれない。
明るくて、社交的で、いつもみんなの中心にいて。
キレイで、オシャレ。自慢の彼もいる。
前向きな彼女に悩みなんてない、と。
そんなこと、あるはずがなかったんだ。
杏奈の大きな目から、涙が零れた。
長い間、一緒に過ごしてきた中で、彼女の涙を見たのは…あの時以来だ。
「私が過去を打ち明けたときも…杏奈、泣いてたね」
4年前、このカフェで、勇気を出して全部話した。
ずっと友達だった男の子に傷つけられ、夢へのチャンスを潰されたのだ、と。
酷いねとか、辛かったねとか…そういう類の言葉をかけられるかと思ったら、杏奈、何も言わずに泣いてるんだもん。
あの時は面食らったっけ。
「同じ…だったから。あたしと」
「え…?」
杏奈は、流れる涙をハンカチで拭った。
今日初めて、キレイな顔が真っ直ぐに私を見つめる。
「あたしも、tearの会員なの」