「もうこの際だからさ、咲に言えなかったこと全部言うわ」
「う…うん…」
姿勢を正し、チェアーに座りなおした。
改まってそう言われると、緊張してしまう。
「あたし、あの夏休みの日以来、本気で男の人を好きになったことないの」
「…」
だから、王子が言ったことは…ホントなのよ…って。
杏奈は悲しげに笑った。
「自分でもサイテーだと思うけど……、
今まで付き合ってきた人たちのこと、ハッキリ言って…そういう対象には見れなかった」
「……」
「チューもしなかったし、それ以上なんてもちろん、無理。
男のほうも堪ったもんじゃないわよね…。
だから付き合っても、全っ然続かなかったんだけど」
先ほどの表情はすぐに消え、あっけらかんと言う杏奈は軽い調子だ。
きっと、空気が重くなってしまわないように。
私は口を開けて、さぞマヌケな顔をしてたんだろう。
またもや吹き出された。
「そんなに深刻に考えないでね。別に付き合うこと自体は無理してやってたわけじゃない。
どの彼も、一緒にいる時間は…楽しかったわよ」
杏奈の彼氏は、何人か見たことがあった。
ほとんどが20代の社会人で、見ず知らずの私に対しても会釈をしてくれて。
包容力と…大人の余裕を感じたっけ。
「でもやっぱ、好きになれるのは咲だけかな」
優しい笑顔で微笑んでる彼女。
だけど―――
「男の人を好きになりたくて、付き合ったんでしょ?」
「……!」
「何とも思ってない人と付き合ったって楽しくないもん。
いずれ好きになれるかもしれないって。そう思ったから今まで付き合ってきたんだよね」
杏奈は、何も言わない。
でもね、図星ってカオに書いてあるよ…。
「今までの彼氏、杏奈が男の人を好きになれないこと、知ってたんじゃない?
それでも好きって言ってくれる人と、合意の上で交際してた……そうでしょ?」
杏奈が、イタズラに人の気持ちを弄ぶわけない。
普通の女の子になりたくて男性と付き合って、やっぱりダメで。
だけど…何回挫折しても、杏奈は諦めなかったんだ。
彼女にとって、校内の男子が対象外だったのも、納得。
同じ学校では、秘密を打ち明けるにはリスクが大きすぎるから。
それに、杏奈の事情を理解して、それでも一緒にいたいと思うには、精神的に相当大人でなければならない。
高校生には…難しいよね。
それでも。
「杏奈が…少しでも過去を克服したいと思ってるなら、
先輩のこと、真剣に考えてみてくれないかな」
じっと見つめる私の目を、見つめ返されて。
しばらくそうした後、杏奈はゆっくりと、額に手を当てて俯いた。
「もー……負けるわよ、あんたには」
「え?」
「あたしが何も言わなくても…全部お見通しなんだもん」
杏奈は口端を上げて言った。
「分かった。王子のことは…断ろうと思ってたけど、もう少し考えてみる」
「…!…ありがとう……」
「なんで咲がお礼?…ほんっと王子にベッタリなんだから」
しょうがないなーって、杏奈、苦笑してるけど…嫌そうな感じじゃない。
良かった…。
昨日、美術室で偶然会って話を聞いて…確信した。
先輩は本気だ。
絶対に一筋縄ではいかないだろうけど…。
杏奈が…もう一度、普通の恋をしたいと思ってるなら、
私は…それを応援したい。
待ち合わせしてたのは昼の3時だったのに、
杏奈と二人、外に出れば、辺りにはもう夕方の気配が漂っていた。