第4章5

注:GL要素あり。ごく軽い表現ですが、閲覧は自己責任でお願いいたします。




「もうこの際だからさ、咲に言えなかったこと全部言うわ」

「う…うん…」

 姿勢を正し、チェアーに座りなおした。

改まってそう言われると、緊張してしまう。

 

 

「あたし、あの夏休みの日以来、本気で男の人を好きになったことないの」

「…」

 だから、王子が言ったことは…ホントなのよ…って。

 杏奈は悲しげに笑った。

 

「自分でもサイテーだと思うけど……、

今まで付き合ってきた人たちのこと、ハッキリ言って…そういう対象には見れなかった」

 

「……」

「チューもしなかったし、それ以上なんてもちろん、無理。

男のほうも堪ったもんじゃないわよね…。

だから付き合っても、全っ然続かなかったんだけど」

 

 先ほどの表情はすぐに消え、あっけらかんと言う杏奈は軽い調子だ。

 きっと、空気が重くなってしまわないように。

 

 私は口を開けて、さぞマヌケな顔をしてたんだろう。

 またもや吹き出された。

「そんなに深刻に考えないでね。別に付き合うこと自体は無理してやってたわけじゃない。

どの彼も、一緒にいる時間は…楽しかったわよ」

 

杏奈の彼氏は、何人か見たことがあった。

 ほとんどが20代の社会人で、見ず知らずの私に対しても会釈をしてくれて。

 包容力と…大人の余裕を感じたっけ。

 

 

「でもやっぱ、好きになれるのは咲だけかな」

 優しい笑顔で微笑んでる彼女。

 

だけど―――

 

「男の人を好きになりたくて、付き合ったんでしょ?」

「……!」

「何とも思ってない人と付き合ったって楽しくないもん。

いずれ好きになれるかもしれないって。そう思ったから今まで付き合ってきたんだよね」

 

 杏奈は、何も言わない。

でもね、図星ってカオに書いてあるよ…。

 

「今までの彼氏、杏奈が男の人を好きになれないこと、知ってたんじゃない?

 それでも好きって言ってくれる人と、合意の上で交際してた……そうでしょ?」

 

 杏奈が、イタズラに人の気持ちを弄ぶわけない。

 普通の女の子になりたくて男性と付き合って、やっぱりダメで。

 だけど…何回挫折しても、杏奈は諦めなかったんだ。

 

 彼女にとって、校内の男子が対象外だったのも、納得。

 同じ学校では、秘密を打ち明けるにはリスクが大きすぎるから。

 

 それに、杏奈の事情を理解して、それでも一緒にいたいと思うには、精神的に相当大人でなければならない。

 高校生には…難しいよね。

 

 それでも。

 

「杏奈が…少しでも過去を克服したいと思ってるなら、

先輩のこと、真剣に考えてみてくれないかな」

 

 じっと見つめる私の目を、見つめ返されて。

 しばらくそうした後、杏奈はゆっくりと、額に手を当てて俯いた。

 

「もー……負けるわよ、あんたには」

「え?」

「あたしが何も言わなくても…全部お見通しなんだもん」

 杏奈は口端を上げて言った。

「分かった。王子のことは…断ろうと思ってたけど、もう少し考えてみる」

「…!…ありがとう……」

「なんで咲がお礼?…ほんっと王子にベッタリなんだから」

 しょうがないなーって、杏奈、苦笑してるけど…嫌そうな感じじゃない。

 

良かった…。

 

 昨日、美術室で偶然会って話を聞いて…確信した。

先輩は本気だ。

 

 絶対に一筋縄ではいかないだろうけど…。

杏奈が…もう一度、普通の恋をしたいと思ってるなら、

 

私は…それを応援したい。

 

 

 

 待ち合わせしてたのは昼の3時だったのに、

杏奈と二人、外に出れば、辺りにはもう夕方の気配が漂っていた。





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