第4章6

注:GL要素あり。ごく軽い表現ですが、閲覧は自己責任でお願いいたします。




 次第に夕焼け色に染まっていく帰り道を、杏奈と肩を並べて歩く。

 夏真っ盛り。

夕方だというのに、外にいれば汗が滲んでくる。

セミがひっきりなしに鳴いていた。

 

「咲…」

「ん…?」

「やっぱ、海…行かない?」

「えっ…まだ諦めてなかったの…?」

 杏奈は自分がこうするって思ったこと、絶対曲げない。

その根気を、勉強にもちょっとだけ使えばいいのに。

 

「いいじゃーん!ケチ。やっぱ、怖いから?」

「……うん…」

 夏の海は苦手。

 どうしても、ナンパとか、軽い人たちばかりが来ているイメージがあって。

 私は杏奈みたいに上手くあしらえない。

 私が絡まれてると杏奈は相手に怒って、余計こじれちゃうし。

 

「…じゃあさ、桐谷くんと麻生くんも連れて行こーよ」

「は?」

 そんな人たちばかりじゃないのにーって、ブツクサ文句を垂れていた彼女が、突然名案だ!って目を輝かせた。

4人で行くの。麻生くんはともかく、桐谷くんの冷静さは頼りになるじゃん」

 確かに。頼りになる。

 遠足のときにも一度…助けられた。

 

「でも…そういう目的で連れて行くのってすっごく失礼なんじゃ…」

「分かってるわよ〜。だから交換条件で、セクシーな水着、着てあげよーよ」

「はあ?イヤに決まってるでしょ!」

 何を言い出すかと思えば…。

 杏奈の辞書には恥じらいって言葉、ないんだ!

 

 水着なんて…できることなら一生着たくない。

 そりゃ昔に比べればまだマシだけど…、見せられるような身体じゃない。

 杏奈のプロポーションがスゴすぎるだけに、気が引ける。

 

「そっかー…やっぱダメか…」

 杏奈は珍しくしゅんと項垂れている。

 彼女のことだから、てっきり食い下がるだろうと思っていたのに。

完全に肩透かし。

そんな落ち込んだカオ、しないでよ…。

 

「あの…杏奈ゴメンね…?」

「ううん、いいの。私こそ無理に誘っちゃって…ゴメン」

 力なく微笑んだ杏奈は、本当に残念そうだ。

 しばらく黙ってみるけど、話し出す気配…ない。

 

 わ…私さえ海、行ければ………。

 

「……あの…桐谷くんたちがオッケーしてくれて…水着着なくていいなら…いい…かな」

「え…?」

杏奈がちらっとこっちを見た。ちょっとだけ明るさが戻ってる。

 

「ホントにいいの…?咲…」

「う……うん」

「やりーーい!!早速男二人にも連絡してみるねー!」

 さっきまでのしおらしさはどこへやら。

 水を得た魚のように杏奈が飛び跳ねた。

 

 もしかして…ううん…もしかしなくても……

私、ハメられた…!?

 

「ちょ…杏奈…」

「なあに?イマサラ取り消してって言ったってダメだからね?」

 キレイな悪魔はにっこりと黒い笑みを浮かべてる。

 

 やられた…。

 杏奈が頼みごとをするときの常套手段。

 押して押して押して押しまくって、最後に引く。

 昔はよくコレに騙されたものだ。

 最近めっきりなくなってたから、油断したぁ…。

 

 でも、上機嫌で口笛を吹いてる彼女を見たら、まあ一度くらいならいいかって気分になってくる。

 私もいい加減、杏奈に甘いんだよね…。

 

 

 

「ね、杏奈…、どうして…私のこと好きになってくれたの…?」

 初めて杏奈に会ったときの私なんて、根暗で、ネガティブで、臆病で…。

 好きになる要素なんて…なかったと思う。

 

「んーまあね、最初は変な子だと思ったけどさ」

 

 人気のない、細い道で立ち止まって。

 夏の空を彩るオレンジ色を仰いで。

 杏奈はポツリポツリ、話してくれた。

 

 

 

 咲が…過去を話してくれたこと、あったでしょ。

 

 外見だけを理由に裏切られて、傷つけられた…って。

 その話を聞いたときは…本当に腹が立ったわ。

 どうして何も悪くない咲が、学校に行けなくならなきゃダメなのって。

 

 あの時は、咲を自分の境遇と重ねてたの。

 だから、tearに登録してるって聞いたときは…この子もいずれ復讐することを望んでるんだと思った。

 あたしがそうであるように咲も。

 

 だけど…アンタは、言ったよね。

 

―――今は…あんなことをされたのが悔しくて、仕返ししてやりたいって思ってる。

   でも…誰かを憎みながらキレイになるなんて……悲しい。

    絶対に間違ってる。

    ………だけど、私、汚い……ダメだって分かってて…tearに…入会したの…!

 

 って。

 

あの時…あたしが泣いたのは、自分がイヤになったからよ。

同じ境遇でこんな風に考えられる人もいる。それなのにあたしは、復讐っていう選択肢に喜んでとびついた。

 咲は全然汚くなんかない。

 間違ってると分かってても、その選択に縋りつかないと、生きてられないときもあるのよ。

 

 なのに咲は…これ以上ないくらい弱りきってるクセに…

自分の中のダメな部分と向き合って、戦おうとしてた。

 

 すごく、きれいだった。

 あたしもこんな風になりたいって、尊敬しちゃった。

 

 

 

「その時からかな、咲のこと好きなの」

 あたしは全部分かってたのに、結局今日まで過去をふっきれなかったけどねーって。

 杏奈はカラカラと笑った。

 

「じゃあ、私と一緒だよ」

「え…?」

「私も杏奈のこと、尊敬して、憧れてたもん」

 少しだけ夜の涼しさを含んだ風が、ふわりと髪を撫ぜる。

 今度は杏奈がポカンと口を開けて固まる番だった。

 

「杏奈はさ、いっつも前向きで、明るくて、面倒見がよくて、しっかりしてて…

見てるだけでこっちまで元気になれるの。

……私もそうなりたいって…ずっと思ってたよ?」

 

 カンペキすぎて、

近くにいたのに…悩んでることに全然気付けなかったくらい。

 

さっき海に誘ってくれたのだって、そう。

私が怖気づいて踏み出せない一歩。

杏奈はたやすく飛び越えていく。

やってみればいいじゃん!って笑って。

 

“できないかも”なんて悩まない。杏奈は絶対に諦めないから…。

諦めなければ、もう残りは“できる”しか…ない。

 

 

 ふと彼女を見ると、キレイな顔が珍しく、真っ赤だった。

 なんか…可愛い。

 笑ってしまいそうになるのを必死で堪える。

 

「まったく…アンタは本っ当にまっすぐなんだから」

「ハイハイ、照れ隠し」

「違うわよ」

 即座に否定した杏奈は、満足そうな笑みを浮かべている。

 

「予想はしてたけど…同性から告白されたのにまったく動じないなんてね」

 フツー気味悪がるでしょ。

 

「え、何て?最後のほう、聞こえなかった!」

「何でもありません〜。ホラさっさと帰ろっ」

 

 ゆっくり歩いてたらすぐ暗くなるよって、

 前を歩く親友は、私を急かした。

 

 

私がまっすぐ進めたのは、杏奈がいてくれたからだよ。

 独りだったらきっと、間違った方向に迷い込んでた。

 

 何度あなたに背中を押されただろう。

 

 自分だけで重荷を背負って歩くのに疲れたら、誰かと分け合えばいい。

 いつかゴールに辿り着いたとき、そんなこともあったねって

笑って思い出話ができるように。

 

 

 辛かった記憶も、あなたとふたりで背負えば、懐かしい思い出に変わるんだよ。





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