夏と言えば、海。
ジリジリと強い日差しが照りつける中、私は、人で賑わう砂浜に立っていた。
「ねえ…ホントに良かったの?」
「何が?」
すでに海パン姿になっている麻生くんに、遠慮がちに声をかけた。
彼の周りには浮き輪、ビーチボール、ゴーグル、ビニールボートなどなど。海で使えそうなグッズがたくさん。
足ヒレまである…。
キラキラと眩しい笑顔からは、海を楽しみにしてましたってひしひしと伝わってくる。
「何がって…さっきの建物だよ。ホントに借りちゃっていいの…?」
「あ、そのこと?大丈夫だよ!どーせ使ってないんだし」
いつもの行動範囲よりも、ちょっとだけ遠出してやってきた海岸。
出発の日付だけしか知らされていなかった私は、さっき荷物を置きに立ち寄った建物を見て、面食らった。
別荘。ログハウス。コテージ。
そんな呼び方が相応しい、木造の…可愛い一軒家。
もちろん泊まるのは私たちだけ。
ここを貸し切るなんて…めちゃくちゃ高いんじゃないの!?って杏奈に詰め寄ったら、
ああ、麻生くんちの所有らしいよって…ケロッとしてた。
時間が勿体ないからという杏奈は、たくさんある立派な部屋たちをさっさと割り振った。
そうして言われるがまま、ここまで着いてきたけど…
「使ってないって…あんな大きくて立派なトコを!?」
「うん」
「あの…もしかしなくても麻生くんちって、すっごくお金持ち…?」
「世間ではそうなるのかも」
そんなすごいモンじゃないけどねーって、笑う彼には、お金持ちの家の子っていう雰囲気…全然ない。
人は見かけによらないんだなー…。
って、それよりも!
「杏奈っ!コレ、どういうこと!?」
杏奈もすでに水着で、今にも海に向かって走り出しそうな勢いだ。
「ん、何のこと?」
「昨日の夜の電話に決まってるでしょ!イキナリ、明日の海、一泊することになったから〜って…言われても!」
「ああ〜……」
気まずそうにあさっての方向を向く彼女。
「急に決まったんだもん、仕方ないじゃん?」
嘘。ゼッタイ嘘だ。
いくら麻生家所有の別荘を使わせてもらうからって、一泊旅行が前日に突然決まるなんてありえない。
「私が断ると思って、直前まで黙ってたんじゃないの…?私の性格からして前日にドタキャンなんて、できないと思ったんでしょ!」
「………」
やっぱりね。
申し訳なさげに苦笑いしてる杏奈を見て、予想は当たっていたと確信する。
まあ…ドタキャンできずにノコノコ来ちゃった私も私なんだけど。
「泊まりって言ったら咲は嫌がると思ってさー…。でもせっかく麻生くんがあんないいトコ貸してくれるって言うし」
あそこにタダで泊まれるんだよ!?って、杏奈は目を輝かせた。
コレは…釣られたな…。
「あの…私、一応桐谷くんに、告白…されてるんだけど…」
一緒に海ってだけでも、大丈夫なのかなって…頭の隅っこで考えていた。
彼の気持ちに応えるつもりはない。
こういうのって、思わせぶりな態度に…ならないだろうか。
私の考えてることを察したのか、杏奈が小声で言う。
「…大丈夫!同じ建物ってだけで部屋は別々だし。変な気起こされてもあたしがいるじゃん。
…それに……あたしから見たらさ、アンタが桐谷くんの気持ちを迷惑だと思ってる感じしないのよね。
むしろ―――」
「西野さーん!椎名さーん!早く遊ぼうぜーー!!」
杏奈が言いかけたことは、麻生くんの大声でかき消された。
*
「じゃ、男女でチーム作って対戦な!」
麻生くんが持ってきた遊び道具の中には、ビーチバレーセットなるものがあった。
砂浜に立てて使う、簡易ネットまである。
しかし…どこにこんなたくさん遊び道具、入れてきたんだろ…。
「んー…バランスを考えると、必然的にあたしと麻生くん、咲と桐谷くんがペアになるわね」
「サンセー!俺運動自信ないし」
「俺はなんでもいい」
「………私も…異議なしです…」
ていうか、私はパラソルの下でのんびり過ごしたかったのに…。
スポーツなんて、体育の時間以外しない。
そもそも…運痴だし。
ああ…また…カッコ悪いとこ見られちゃうよ……。
「そんな情けないカオすんな」
「え?」
「フォローするから。折角だし楽しまないと損だろ?」
二って、桐谷くんが笑った。
いつものシュッとした感じがなくなって、無邪気な子どもみたい。
そういう顔、もっと見せていけばいいのに。
クールとか、無口とか言われてるのが嘘みたいな、あどけない笑顔。
冷静にしてるかと思ってた彼は、しっかり準備体操をしてる。
なんだかんだ、けっこうやる気なんだ。
うん、確かに、やるからには本気でやりたいし、楽しみたい!
桐谷くんを見てたら、そう思えてきた。
「ゼッッタイ!桐谷くんには負けないからね!」
拳を作って言い放った杏奈に、一瞬不思議そうな顔をした桐谷くんは、だけどすぐにニヤリと笑う。
「望むところ」
その声を合図に、ビーチバレー対決の火蓋が切って落とされた。