第5章1





 夏と言えば、海。

 ジリジリと強い日差しが照りつける中、私は、人で賑わう砂浜に立っていた。

                 

「ねえ…ホントに良かったの?」

「何が?」

すでに海パン姿になっている麻生くんに、遠慮がちに声をかけた。

彼の周りには浮き輪、ビーチボール、ゴーグル、ビニールボートなどなど。海で使えそうなグッズがたくさん。

足ヒレまである…。

キラキラと眩しい笑顔からは、海を楽しみにしてましたってひしひしと伝わってくる。

 

「何がって…さっきの建物だよ。ホントに借りちゃっていいの…?」

「あ、そのこと?大丈夫だよ!どーせ使ってないんだし」

 

 いつもの行動範囲よりも、ちょっとだけ遠出してやってきた海岸。

 出発の日付だけしか知らされていなかった私は、さっき荷物を置きに立ち寄った建物を見て、面食らった。

 

 別荘。ログハウス。コテージ。

 そんな呼び方が相応しい、木造の…可愛い一軒家。

 もちろん泊まるのは私たちだけ。

 

 ここを貸し切るなんて…めちゃくちゃ高いんじゃないの!?って杏奈に詰め寄ったら、

 ああ、麻生くんちの所有らしいよって…ケロッとしてた。

 

 時間が勿体ないからという杏奈は、たくさんある立派な部屋たちをさっさと割り振った。

 そうして言われるがまま、ここまで着いてきたけど…

 

「使ってないって…あんな大きくて立派なトコを!?」

「うん」

「あの…もしかしなくても麻生くんちって、すっごくお金持ち…?」

「世間ではそうなるのかも」

 そんなすごいモンじゃないけどねーって、笑う彼には、お金持ちの家の子っていう雰囲気…全然ない。

 人は見かけによらないんだなー…。

 

 って、それよりも!

 

「杏奈っ!コレ、どういうこと!?」

 

 杏奈もすでに水着で、今にも海に向かって走り出しそうな勢いだ。

「ん、何のこと?」

「昨日の夜の電話に決まってるでしょ!イキナリ、明日の海、一泊することになったから〜って…言われても!」

「ああ〜……」

 気まずそうにあさっての方向を向く彼女。

「急に決まったんだもん、仕方ないじゃん?」

 嘘。ゼッタイ嘘だ。

 いくら麻生家所有の別荘を使わせてもらうからって、一泊旅行が前日に突然決まるなんてありえない。

「私が断ると思って、直前まで黙ってたんじゃないの…?私の性格からして前日にドタキャンなんて、できないと思ったんでしょ!」

「………」

 やっぱりね。

 申し訳なさげに苦笑いしてる杏奈を見て、予想は当たっていたと確信する。

まあ…ドタキャンできずにノコノコ来ちゃった私も私なんだけど。

「泊まりって言ったら咲は嫌がると思ってさー…。でもせっかく麻生くんがあんないいトコ貸してくれるって言うし」

 あそこにタダで泊まれるんだよ!?って、杏奈は目を輝かせた。

 コレは…釣られたな…。

 

「あの…私、一応桐谷くんに、告白…されてるんだけど…」

 一緒に海ってだけでも、大丈夫なのかなって…頭の隅っこで考えていた。

 彼の気持ちに応えるつもりはない。

 こういうのって、思わせぶりな態度に…ならないだろうか。

 

 私の考えてることを察したのか、杏奈が小声で言う。

「…大丈夫!同じ建物ってだけで部屋は別々だし。変な気起こされてもあたしがいるじゃん。

…それに……あたしから見たらさ、アンタが桐谷くんの気持ちを迷惑だと思ってる感じしないのよね。

 むしろ―――」

「西野さーん!椎名さーん!早く遊ぼうぜーー!!」

 

 杏奈が言いかけたことは、麻生くんの大声でかき消された。

 

 

 

 

「じゃ、男女でチーム作って対戦な!」

 

 麻生くんが持ってきた遊び道具の中には、ビーチバレーセットなるものがあった。

 砂浜に立てて使う、簡易ネットまである。

 しかし…どこにこんなたくさん遊び道具、入れてきたんだろ…。

 

「んー…バランスを考えると、必然的にあたしと麻生くん、咲と桐谷くんがペアになるわね」

「サンセー!俺運動自信ないし」

「俺はなんでもいい」

「………私も…異議なしです…」

 ていうか、私はパラソルの下でのんびり過ごしたかったのに…。

 スポーツなんて、体育の時間以外しない。

 そもそも…運痴だし。

 ああ…また…カッコ悪いとこ見られちゃうよ……。

 

「そんな情けないカオすんな」

「え?」

「フォローするから。折角だし楽しまないと損だろ?」

 二って、桐谷くんが笑った。

 いつものシュッとした感じがなくなって、無邪気な子どもみたい。

そういう顔、もっと見せていけばいいのに。

 クールとか、無口とか言われてるのが嘘みたいな、あどけない笑顔。

 

冷静にしてるかと思ってた彼は、しっかり準備体操をしてる。

なんだかんだ、けっこうやる気なんだ。

 

 うん、確かに、やるからには本気でやりたいし、楽しみたい!

 桐谷くんを見てたら、そう思えてきた。

 



「ゼッッタイ!桐谷くんには負けないからね!」

 拳を作って言い放った杏奈に、一瞬不思議そうな顔をした桐谷くんは、だけどすぐにニヤリと笑う。

 

「望むところ」

 

 

その声を合図に、ビーチバレー対決の火蓋が切って落とされた。





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