「え…?」
突然の告白に、涙が止まった。
マヌケな顔で見上げているであろう私からは視線を外し、彼は言葉を続ける。
「最初は軽い気持ちだったんだ。
転校先の学校、校庭の隅で何かやってる子がいるなって。
興味本位で近づいたんだけど…」
あ…
このくだり、聞いたことがある。
嫌な記憶がフラッシュバックして、ゾクリと背筋が震えた。
―――最初は軽い気持ちだったんだ。転校先の学校で、校庭の隅で何かやってるヤツがいるなって、興味本位で近づいた。
あの朝の図工室での、大翔くんの言葉。
冷たい視線に捕えられて告げられた、残酷なセリフと…同じだったから。
だけど、続いて聞こえてきたのは、あの時とは正反対の温かい声だった。
「そしたらその子、すっげー真剣に絵描いてんの。
俺が近づいても全然気がつかないくらい没頭してて…
雰囲気に圧倒されて……思わず見惚れた。
俺、そのときからずっと…椎名さんのこと好きなんだ」
隣の人は、照れも躊躇いも一切見せない。
あの太陽みたいな笑顔で、堂々と言ってのける。
……そんな風に、思ってくれていたなんて。
今もそうだけど、桐谷くんは昔からモテてた。
都会から越してきた垢抜けた雰囲気の男の子。
1学年10人ちょっとの田舎の小学校では、それだけでカッコイイって思ってしまうもの。
「……私、地味で、太ってて…顔もたいしたことなかったのに…」
「ストップ。そうやってまた自分のこと悪く言う」
桐谷くんの大きくて骨ばった手が、私の口を塞いだ。
慌てる私を見て、また優しいカオになる。
「俺にとっては一番だったんだよ。
絵を描いてるときとか、絵のことを話してるときの香奈ちゃんは、キレイだった。
もちろん今も」
……この人はまたしゃあしゃあとキザなことを…。
「よくそんな恥ずかしいこと……照れもせずに言えるよねっ」
「こういうのは照れたら負け」
必死に言い返したって、サラリと正論で返される。
ヨユウありすぎだよ。
そっぽを向いた顔を覗き込まれて。
心臓が、鷲掴みにされたみたいにぎゅーってなる。
嫌だ…苦しい。
桐谷くんといると、どうしたってこんな風になってしまう。
「あれ…でも…桐谷くんて、美由ちゃんが好きだったんじゃ…」
4年前、放課後の教室で確かにそう聞いた。
「…ああ、アレ嘘」
「………うそ…?」
「あの時は…他のヤツらが香奈ちゃんのこと、ベタ褒めだったから」
「は…?」
どういうこと…?
「だからさ、如月響子の件で、人気者になってただろ。
それに影響されて、クラスの男子が見た目はアレだけど、性格は素直で可愛いって…言い出して…。なんかムカついた。
そういうとこ知ってるのは俺だけだったのにって」
もしかして、それであんな…ブスとかデブとか言ったの……?
避けられてたのもそういう理由だった…とか…。
隣を歩く桐谷くんはバツが悪そうに、乱暴に前髪を書き上げた。
なんか…小学生の桐谷くんって…カワイイ。
今みたいに飄々としてなくて、年相応な感じがする。
からかってみたかったけれど、また言い負かされそうな気がして口を噤んだ。
「見た目だけじゃ…なかったんだね」
桐谷くんはずっと、私の全部を見てくれていた。
「…俺さ、ずっと香奈ちゃんのこと忘れられなくて、謝りたくて…探してたんだ」
「えっ!?」
「引っ越す前に何回も家まで行ったんだけど、門前払いで」
「ウソ…」
全然知らなかった。
あの頃はずっと部屋から出られなかったから…。
「新しい住所、役所で探したけど見つからなくて。名前が変わってたなら当たり前だよな」
「…」
「親の転勤で偶然この学校に来て、椎名さんに会ってビックリした」
私も、引っ越した地でまた再会するなんて思ってもみなかった。
数ヶ月前を懐かしむように、桐谷くんは空を仰ぐ。
「香奈ちゃんにすっげー似てんだもん、性格。
自分の意見言わなくて、人ばっか優先してるクセに…絵のことにはこだわってて、
真面目で、まっすぐで、自分に自信がない」
「……」
「外見は全くの別人だから、最初は戸惑った。
でも、段々ほっとけなくなって……保健室前のベンチで描いてるの見て…
もう同一人物にしか思えなくて」
だから駅で石原香奈だって言われたときは嬉しかったなーって。
桐谷くん、それ、殺し文句だよ。
どうしよう……。
顔がニヤけるの、止められない。
今なら、言えるかも…。
桐谷くんは、ありのままの私を好きでいてくれた。
過去のことも、今の気持ちも、全部話してくれた。
私も……伝えたい。
「……すき…」
立ち止まった私に、振り返る彼。
吸い込まれそうな漆黒の瞳を見据えて、小さな声を絞り出した。
「私も…桐谷くんが好きだよ……」
震える手で肩にかけたカバンの取っ手を握り締める。
こんなに勇気がいることだったんだ、とわずかに残る冷静な部分で考えていた。
今すぐ逃げ出したい衝動を押さえつけて、必死で笑顔を作るけど。
きっと泣き笑いみたいなヘンな顔になってる…。
桐谷くんはしばし真顔で固まっていたかと思うと、
ふわって…包み込むみたいに私を抱きしめた。
いきなりのことにびっくりして、思わず離れようとしたけど、
「お願い。ちょっとだけ」
切羽詰ったように頼まれれば、大人しく腕のなかに収まるしかない。
しっ…心臓が……
もうすぐ壊れるかもしれない、とは言えるはずもなく。
ぎゅって目を瞑って下を向いた。
「椎名さん」
「は…ハイ…」
「すげー嬉しい……ありがとう」
心底幸せそうなカオで笑う桐谷くんを見て、思った。
これからは、桐谷くんのために色んなことをしたい。
今まで私にしてくれた分まで。
私がこの人を笑顔にしたいって。
FIN