02





「ねえ、才木くん、これからどこ行くの?」
「……」
「才木くん?」

 あれから、ホームに入ってきた電車に乗った。
 会社の最寄り駅はとっくに通り過ぎている。
 目的地が分からないままに見知らぬ人に着いていくのは、それが子どもでも不安だった。
 会社には熱があると電話をかけ、休みをもらった。
 誰にでも出来るような事務仕事だから、それほど迷惑はかからないだろうけど…。
 それでも嘘をついてしまった手前、罪悪感がつのる。
 今更ながら、断って会社に行けば良かったかなと、後悔の念にさいなまれる。悔やんだってすでに後の祭りなんだけど。

「奏斗」
「え?」
「奏斗って呼んで?年下の俺が真奈さんって呼んでるのに、真奈さんが才木くんって、何か違和感あるから」
 可愛らしい笑顔を浮かべてねだる彼に、不覚にも胸がキュンとする。
 異性に対するものではなく、小さな子どもに感じるようなときめき。
「それはいいけど…」
「目的地なら、もうすぐだよ」
 私の不安を読んでいたかのように、奏斗くんがニコリと笑う。
 その声を合図に、電車が停車した。

「もしかして…」
 下車したそこは、めくるめくメルヘンの世界だった。
 駅が可愛らしく飾られているのは、すぐそこにテーマパークがあるから。
 目を輝かせた私に、奏斗くんがほほえんだ。

「今日はここで遊ぼう」





 幼い頃から、遊園地やテーマパークが大好きだった。
 楽しいアトラクションや、華やかなパレード、可愛らしいキャラクターたち。二十三歳にもなって、と自分でも思うけれど、本当におとぎの国にやってきたみたいで。
 現実を忘れて、子どものようにはしゃぐのは楽しい。

「わー…久しぶり…!どれから乗る?」
 はやる気持ちを抑えきれずに奏斗くんに訊ねると、彼も私と同じくらい興奮しているようだった。
 今にも走り出さんばかりの勢いでそわそわしている。
「んー…やっぱコースター系かなあ」
「だよね!あっちの端のやつから行こっか」

 それからは彼と二人、憑かれたようにアトラクションをまわった。
 平日のパークは空いていて、待たされることはほとんどない。
 彼の上機嫌っぷりを見ていると、本当にここに連れてくるためだけに私を誘ったのかも、と妙に納得した。
 高校生男子が一人でテーマパークは、さすがに恥ずかしいだろうから。


「はー!お腹すいたー!」
 ひととおり乗り物を制覇しても、時刻はまだ昼を少し回った頃。
「俺も、腹減った。そこで何か食べよ」
 天気が良いので、外のテラス席で買ったばかりのホットドッグをかじる。
 ふわふわと耳元を通り過ぎてゆく秋風が、少し汗をかいた体に気持ちよかった。

「真奈さん、こういうとこ好きなんだね」
「奏斗くんこそ」
「うん、俺はすげー好き」
 満面の笑みを浮かべた彼は、もう何回も学校サボって来てるよ、と悪びれもせずに言った。
 ――彼女と?
 浮かんだその言葉は口にせずに話を続ける。

「男の子でこういうとこが好きって、いいね」
「どうして?」
「自分本位な意見だけど、男の人って、テーマパークとか敬遠しがちだから…。奏斗くんみたいな人なら気兼ねなく一緒に来れるし、いいなって」
 私がそう言うと、奏斗くんはもとから大きな目をさらに大きく見開いた。

「…なに?真奈さん、こういうとこあんまり好きじゃない彼氏でもいるの?」
「…ん?うーん…まあね」

 テーブルに肘をつき、青く透き通った空を眺める。
 初対面の高校生相手に何を話しているんだか、と。そんな思考がチラリと過ぎる。
 恋人のことなんて、親しい友人くらいにしか話さない。

 彼に言われるがままにここまでついてきて、遊園地でテンション上がって、はしゃいでしまったけど…よくよく考えればこの状況、かなり非現実的。
 それでも、冷静な部分は自分の行為の理由を知っている。

 "今日だけ"と言われたから。
 明日以降、この少年と関わることはない。その場限りの関係。この子は私のことなんて、きっとすぐに忘れる。そう思ったとたん、妙な気安さが芽生えて…かえってプライベートな事を話しやすくなるものだ。

「彼氏、どんな人?」
 私の心情を知るはずもない彼は、笑みを絶やさずに訊ねてくる。
「ん?…そーだなー…私とは正反対の人だよ」
「正反対?」
「うん……気が利いて、人付き合いが上手くて、要領が良くて、いつもみんなの中心にいて…慕われてて…」

 周りの誰もが認める自分の恋人の特徴を挙げていくと、奏斗くんはクスクスと楽しそうに笑い始めた。

「……私何かおかしいこと言った?」
「ん?いや、言ってることはノロケそのものなのに、真奈さん見てたら全然そんな感じしないなって」
「…どういうこと?」

 私と同じように肘をついて話す少年は、無邪気な笑みを崩さない。
 午後の陽光を浴びるその姿はさまになっていて、雑誌か何かの撮影みたい。
 あくまで向かいに座る私の存在がなければ、だけど。

 彼は一瞬考えるような素振りを見せたのち、整った顔をこちらに向けた。

「なんか、自分の彼氏の欠点を数えてるみたい」

 意外な言葉に、息を飲んだ。
 自分の喉がヒュ…と微かな音を立てるのを、どこか別のところで起こったことのように聞いた。
 奏斗くんは、相変わらず屈託なくほほえんでいる。

 不思議な気分だった。図星をさされて思ったことは、"バレた"ではなく"分かってくれた"で。
 彼にすべてを話してしまいたいという衝動が、じわじわと這い上がってくる。


「だって、さっき言ったこと全部彼氏のいいところなのに…真奈さんすごく辛そうだよ」

 私の気持ちをすべて見抜いているかのような奏斗くんの発言。それがあんまりにも、すとんと心に落ちてくるもんだから、つい、口から言葉が滑り出してしまった。

「正反対だって言ったでしょ?私と」
「うん」
「私は彼みたいに、人と上手く付き合ったり、気に入られたりできないの」
「……」
「男女共に人気がある彼はいつも引っ張りだこで…色んな人から誘いが来て、それ、全部受けちゃうんだよね」

「…それじゃ真奈さんと遊ぶ時間、なくなっちゃうね…」

 少年は、みごとに私の気持ちを代弁した。

 まさに、そうだった。仕事の忙しい彼と二人で遊ぶことはほとんどなくなっていた。
 付き合って5年目、マンネリと言ってしまえばそうなのかもしれないが、自分の方はまだ彼のことが好きで仕方がない。
 いつしか、嫌われるのが怖くなって、一緒にいたいと甘えることすらできなくなった。

「大好きなんだね、彼氏のこと」
「……うん」
「大好きだからこそ、すごく辛いよね」
「…うん」
「俺、代わりになれないかな?」
「へ?」


 先ほどの駅でのことといい、奏斗くんの言うことは唐突。

 代わりって…彼氏の代わりってこと……?

 何言ってんの、冗談キツイよ?と、軽く笑って流そうとしたけれど、
 ガラリと変わった彼の雰囲気が、そうさせてくれそうになかった。

 今朝の、捨てられた子犬のような彼とは…全然違う。


「何とも思ってない人なら、頼んで会社休ませてまで二人で遊びたいなんて思わないよ」





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