「ねえ、才木くん、これからどこ行くの?」
「……」
「才木くん?」
あれから、ホームに入ってきた電車に乗った。
会社の最寄り駅はとっくに通り過ぎている。
目的地が分からないままに見知らぬ人に着いていくのは、それが子どもでも不安だった。
会社には熱があると電話をかけ、休みをもらった。
誰にでも出来るような事務仕事だから、それほど迷惑はかからないだろうけど…。
それでも嘘をついてしまった手前、罪悪感がつのる。
今更ながら、断って会社に行けば良かったかなと、後悔の念にさいなまれる。悔やんだってすでに後の祭りなんだけど。
「奏斗」
「え?」
「奏斗って呼んで?年下の俺が真奈さんって呼んでるのに、真奈さんが才木くんって、何か違和感あるから」
可愛らしい笑顔を浮かべてねだる彼に、不覚にも胸がキュンとする。
異性に対するものではなく、小さな子どもに感じるようなときめき。
「それはいいけど…」
「目的地なら、もうすぐだよ」
私の不安を読んでいたかのように、奏斗くんがニコリと笑う。
その声を合図に、電車が停車した。
「もしかして…」
下車したそこは、めくるめくメルヘンの世界だった。
駅が可愛らしく飾られているのは、すぐそこにテーマパークがあるから。
目を輝かせた私に、奏斗くんがほほえんだ。
「今日はここで遊ぼう」
*
幼い頃から、遊園地やテーマパークが大好きだった。
楽しいアトラクションや、華やかなパレード、可愛らしいキャラクターたち。二十三歳にもなって、と自分でも思うけれど、本当におとぎの国にやってきたみたいで。
現実を忘れて、子どものようにはしゃぐのは楽しい。
「わー…久しぶり…!どれから乗る?」
はやる気持ちを抑えきれずに奏斗くんに訊ねると、彼も私と同じくらい興奮しているようだった。
今にも走り出さんばかりの勢いでそわそわしている。
「んー…やっぱコースター系かなあ」
「だよね!あっちの端のやつから行こっか」
それからは彼と二人、憑かれたようにアトラクションをまわった。
平日のパークは空いていて、待たされることはほとんどない。
彼の上機嫌っぷりを見ていると、本当にここに連れてくるためだけに私を誘ったのかも、と妙に納得した。
高校生男子が一人でテーマパークは、さすがに恥ずかしいだろうから。
「はー!お腹すいたー!」
ひととおり乗り物を制覇しても、時刻はまだ昼を少し回った頃。
「俺も、腹減った。そこで何か食べよ」
天気が良いので、外のテラス席で買ったばかりのホットドッグをかじる。
ふわふわと耳元を通り過ぎてゆく秋風が、少し汗をかいた体に気持ちよかった。
「真奈さん、こういうとこ好きなんだね」
「奏斗くんこそ」
「うん、俺はすげー好き」
満面の笑みを浮かべた彼は、もう何回も学校サボって来てるよ、と悪びれもせずに言った。
――彼女と?
浮かんだその言葉は口にせずに話を続ける。
「男の子でこういうとこが好きって、いいね」
「どうして?」
「自分本位な意見だけど、男の人って、テーマパークとか敬遠しがちだから…。奏斗くんみたいな人なら気兼ねなく一緒に来れるし、いいなって」
私がそう言うと、奏斗くんはもとから大きな目をさらに大きく見開いた。
「…なに?真奈さん、こういうとこあんまり好きじゃない彼氏でもいるの?」
「…ん?うーん…まあね」
テーブルに肘をつき、青く透き通った空を眺める。
初対面の高校生相手に何を話しているんだか、と。そんな思考がチラリと過ぎる。
恋人のことなんて、親しい友人くらいにしか話さない。
彼に言われるがままにここまでついてきて、遊園地でテンション上がって、はしゃいでしまったけど…よくよく考えればこの状況、かなり非現実的。
それでも、冷静な部分は自分の行為の理由を知っている。
"今日だけ"と言われたから。
明日以降、この少年と関わることはない。その場限りの関係。この子は私のことなんて、きっとすぐに忘れる。そう思ったとたん、妙な気安さが芽生えて…かえってプライベートな事を話しやすくなるものだ。
「彼氏、どんな人?」
私の心情を知るはずもない彼は、笑みを絶やさずに訊ねてくる。
「ん?…そーだなー…私とは正反対の人だよ」
「正反対?」
「うん……気が利いて、人付き合いが上手くて、要領が良くて、いつもみんなの中心にいて…慕われてて…」
周りの誰もが認める自分の恋人の特徴を挙げていくと、奏斗くんはクスクスと楽しそうに笑い始めた。
「……私何かおかしいこと言った?」
「ん?いや、言ってることはノロケそのものなのに、真奈さん見てたら全然そんな感じしないなって」
「…どういうこと?」
私と同じように肘をついて話す少年は、無邪気な笑みを崩さない。
午後の陽光を浴びるその姿はさまになっていて、雑誌か何かの撮影みたい。
あくまで向かいに座る私の存在がなければ、だけど。
彼は一瞬考えるような素振りを見せたのち、整った顔をこちらに向けた。
「なんか、自分の彼氏の欠点を数えてるみたい」
意外な言葉に、息を飲んだ。
自分の喉がヒュ…と微かな音を立てるのを、どこか別のところで起こったことのように聞いた。
奏斗くんは、相変わらず屈託なくほほえんでいる。
不思議な気分だった。図星をさされて思ったことは、"バレた"ではなく"分かってくれた"で。
彼にすべてを話してしまいたいという衝動が、じわじわと這い上がってくる。
「だって、さっき言ったこと全部彼氏のいいところなのに…真奈さんすごく辛そうだよ」
私の気持ちをすべて見抜いているかのような奏斗くんの発言。それがあんまりにも、すとんと心に落ちてくるもんだから、つい、口から言葉が滑り出してしまった。
「正反対だって言ったでしょ?私と」
「うん」
「私は彼みたいに、人と上手く付き合ったり、気に入られたりできないの」
「……」
「男女共に人気がある彼はいつも引っ張りだこで…色んな人から誘いが来て、それ、全部受けちゃうんだよね」
「…それじゃ真奈さんと遊ぶ時間、なくなっちゃうね…」
少年は、みごとに私の気持ちを代弁した。
まさに、そうだった。仕事の忙しい彼と二人で遊ぶことはほとんどなくなっていた。
付き合って5年目、マンネリと言ってしまえばそうなのかもしれないが、自分の方はまだ彼のことが好きで仕方がない。
いつしか、嫌われるのが怖くなって、一緒にいたいと甘えることすらできなくなった。
「大好きなんだね、彼氏のこと」
「……うん」
「大好きだからこそ、すごく辛いよね」
「…うん」
「俺、代わりになれないかな?」
「へ?」
先ほどの駅でのことといい、奏斗くんの言うことは唐突。
代わりって…彼氏の代わりってこと……?
何言ってんの、冗談キツイよ?と、軽く笑って流そうとしたけれど、
ガラリと変わった彼の雰囲気が、そうさせてくれそうになかった。
今朝の、捨てられた子犬のような彼とは…全然違う。
「何とも思ってない人なら、頼んで会社休ませてまで二人で遊びたいなんて思わないよ」
面白かったらぽちっと
↓とても励みになります