恋色キャンドル





「え、内定決まったんですか!?」
「うん。おかげさまで。県内の、印刷会社よ」
「おめでとうございます!また近いうちにゴハン、行きましょ!お祝いに奢ります」
「ありがと」





 大学生3年の春。あたしの一つ年上でサークルの先輩、美咲さんが、大手企業から内定をもらった。
 そんなワケで、私、河合莉緒は、アパートの近くの、雑貨屋さんに来てる。
 もちろん、先輩の内定祝いのプレゼントを買いに。


 んー…どれがいいかな…。
 実は人にあげるモノを選ぶのって苦手。
 自分のモノならどれが欲しいかハッキリしてるけど、他の人の好みって、なかなか分からない。




「そのマグ、カワイイですよね」
「あ…ハイ…!」
「底が動物の顔になってるんです。これはウサギですけど、こっちはパンダで。
 あとは…ネコとクマがあります」
「へえ…面白いですね」


 珍しい…男の店員さんだ……。
 こういう可愛らしい雑貨屋さんって、スタッフはほとんど若い女の人なのに。

 ニコって営業スマイルを残して、その店員さんは奥に消えた。





「ラッピング、してもらえますか?」

 誰もいないレジで、どうしようかなって迷ってたら、
 さっきの店員さんが急いでやってきた。

「ハイ、分かりました。メッセージカードがつけられますが、どれになさいますか?」

 男の人なのに、優しくて高めの声。
 接客用ボイスかな…。

 Congraturation!と描かれたアイボリーのカードを選び、店員さんの指示通り店内で待った。


「お待たせしました」

 店員さんは、わざわざ私のところまで、ラッピングされた商品を持ってきてくれた。

「マグ、気に入ってくれたんですね」

 にこぉって。さっきとはまた違う笑顔で、店員さんが笑った。
 たぶん、こっちが素の笑顔。

 砂糖菓子みたいに甘くて、とろけそうなスマイル。
 一瞬、ドキッとした。

 つられてこっちまで笑顔になっちゃう。
 プレゼント、アニマルマグにしてよかった。

「ありがとうございました」
 って高めの接客ボイスを背中で聞いた後も

 心臓のドキドキは、収まってくれなかった。





 スマイル店員さんに会って以来、
 あたしは雑貨屋さんに通うようになった。
 
 店員さんは、北原颯太さんっていうらしい。
 ネームプレートで見ちゃった。

 北原さん目当てじゃないって言ったらウソになる。
 接客熱心なカレは、お客さんが来ると、商品を勧めることが多くて。

 あたしにも、よく話しかけに来てくれる。
 内容は他愛無いけれど、
 カレの笑顔を近くで見られる、その時間が楽しみだったりして。
 


「そのアロマキャンドル、今週新しく入荷したヤツなんです」

 今日も、北原さんは笑顔で営業トークを展開してる。

「オススメはラベンダー。リラックス効果があるんですよ」
「へえ…」
「良かったら、香ってみてください」

 そう言って、北原さんはキャンドルを持った手を、私の鼻先に近づけた。

 わ……手、おっきい…。
 指…長くてキレイ…でも骨ばってて。

 背の高いカレは、私の身長にあわせて、ちょっと前屈みになってくれてる。

「いい香り…ですね…」
「ホントですか?俺はこっちの、桜の香りも好きで…」
「あ…」
 今、『俺』…って。
「あ…すみません…つい」
「…ふふっ…イエ…」

 なんか…うれしい。
 普段の北原さん、ちょっとだけ見れちゃった。

 気まずそうに、首のあたりを触ってるの、カワイイ。

「あ、じゃあ、そっちの、ラベンダーの…もらっていいですか?」
 北原さんが持ってたラベンダーのアロマキャンドルを、カゴに入れておこうと手を伸ばす。
「あ、ハイ、どうぞ」
 キャンドルを手渡されたとき、指先が触れた。

 また、きゅって…心臓が収縮する。

 好きな人とか。恋とか。
 初めてなワケじゃないのに。

 なんだか中学生の片思いみたい。
 
 そう思った自分に、プって思わず笑ってしまった。





『あー…悪い。来週もムリそう…』
「やっぱ仕事、忙しいの?」
『今月末が納期の仕事、多くて……ゴメンな』
「ううん、仕方ないよ」
『来月はたぶん、大丈夫だから』
「うん、楽しみにしてる。頑張ってね、オヤスミ…」


 ふ…って息を吐き、通話終了のボタンを押した。
 ケータイをベッドにポンって放って、そのまま倒れこむ。
 あーあ…今週もダメ…かぁ…。


 駿介とは、もうすぐ付き合って2年になる。
 大学1年の時、サークル見学で会って、一目ぼれ。
 あたしから告白して付き合い始めた。

 2歳年上のカレは、もう社会人で。
 学生の時はほぼ毎日会ってたのに、最近仕事が忙しいらしくて…週末に1回、会えるか会えないか。


 最初は不満を漏らしてたあたしも、近頃は、割り切ってる。
 寂しいけど、仕方ないよね…。仕事…なんだもん…。





 ピンポーン……

 無機質なドアベルの音が、鉄骨造の空間に響いた。

 土曜日の夜、私は美咲先輩のアパート、部屋の前に来ていた。
 いつもは駿介とゴハンデートしてる時間だから。
 それがダメになっちゃったら、特に予定もなくて…
 美咲さんに、サプライズでプレゼント渡しに行こうかなって思いついた。


 ……出てこないな…。
 アポなしで来ちゃったし、出かけてるのかな……。

 諦めて帰ろうと踵を返したら、バタバタって中で騒がしい音がした。

「はーいっ」

 慌てた様子の美咲さんが顔を出す。

「…え…莉緒ちゃん…?」
「こんばんはー!毎度、突然来ちゃってすみません。美咲さんに、内定祝い、渡したくて」

 ハイって可愛くラッピングされた包みを手渡した。

「ありがと…」
「…美咲さん…もしかしてお風呂、入ってました?すいません…あたし、間の悪い時に」

 よく見ると、美咲さんのキレイなストレートヘアはしっとり湿ってる。

 それに、なんだか様子がおかしい。
 いつもなら、私が押しかけても、すぐ笑って中に入れてくれるのに。
 今日は…困った顔。口数も、少ない。


 ヘンだなーって思ってた時だった。



「美咲ー!バスタオル借りてい?」


 部屋の中から、男の人の声。

 あたしの、よく知ってる…。


「あっ…!来ちゃダメ!」

 いつも落ち着いてる美咲さんが、青くなって叫んだ。


 嘘……駿介……!?

 バスルームに続くドアから顔を出してるのは、正真正銘、あたしの…恋人だった。



「莉緒ちゃんっ!待って……!」
 美咲さんの呼び止める声を無視して、私はアパートの階段を駆け下りた。

 どうして…仕事に行ってるハズの駿介が、美咲さんの家にいるの?
 しかも、お風呂に…

 ウソでしょ?ってそればかりが頭を埋め尽くす。
 一方で、片隅に残ってる冷静な部分は、やっぱりね…って冷めた目で、あたしを見てる。


 本当は分かってた。

 駿介はもう、あたしのこと、好きじゃないんだってこと。

 不思議と、涙は出なかった。









 木製のドアを開けると、カランってレトロな音。

「いらっしゃいませー」

 柔らかな声と、シックなBGMがあたしを迎える。いつもの雑貨屋さん。
 ぼんやりと店内を眺め、新着コーナーにやけに赤や緑が多いなって、気付く。

 そっか…もうすぐクリスマス…。


 色々あって、すっかり忘れてた。

 あの後、駿介から電話がきて、ゴメンって一言。
 その言葉で、もしかしたら何か事情があったんじゃないかって、わずかに残ってた希望も消えてしまった。
 いつから美咲さんと?とか、あたしのことは遊びだったの?とか。
 問い詰めたいことはたくさんあったはずなのに…
 あたしの口から出たのは『サヨナラ』だけだった。

 もうとっくに終わってるのに、グチグチ言ったってどうしようもない、って。
 割り切ってる自分、可愛くない。


 あの日、美咲さんにあげたネコのアニマルマグ。
 同じ商品が、陳列棚にのってる。

 それをぼんやり見てたら


 今頃になって、涙が一筋頬を伝った。







 雑貨屋さんで買ったラベンダーのアロマキャンドルを、紙袋から取り出し、火を灯す。

 いい香り…。
 リラックス効果、今のあたしにも効いてくれるかな。


 ふと、キャンドルが入れられていた紙袋の中、小さな紙切れが目に留まった。

 新商品の宣伝…?
 そう思って手に取ったけど、


 ―――え…?どうして……


 紙切れをコートのポケットに入れて、慌てて家を出る。
 今しがた通ってきたばかりの道を、引き返した。


「いらっしゃいませー」

 いつもと変わらずあたしを迎える、店員さんたちの穏やかな声。
 店内に視線を巡らせて目的の人物を、探す。けど、


 いない…

 もう帰っちゃったのかな。



「わっ!」

「きゃ…!すみませんっ」


 気落ちしたままお店を出て、
 下を向いて歩いてたら、誰かにぶつかった。




「…北原さん…」

「こんばんは」

「あれ?お店…お仕事は…」
「今日は早番だったから、6時であがりなんです」
「そう…だったんですか…」

 今、6時半…。てことは、今から帰るところなのかな…
 って、それより

「この紙、北原さんが…?」

 ポケットからそれを取り出して、カレの目の前に掲げるあたし。
 たぶん、必死の形相だったんだと思う。
 北原さんはクスって笑って、歩きながら話そうかって提案した。

「気付いてくれたんだ」
 北原さんは敬語をやめて、フツウのトーンで言った。
 ふんわり優しいけど、低い声…。
 やっぱりお店のは接客ボイスだったんだ。

 でも、なんだかしっくりくる。北原さんっぽい声と、話し方。

「ハイ…と言うか、どうして…」

 紙袋に入ってた紙切れ。
 それには商品の宣伝も、イベント情報も、何も書いてなくて。代わりに、

 『何かあった?』って一言。

 ちょっと右上がりの、すっきりとした字で、走り書き。


 今日、お会計をしてくれたのは、北原さんだったから。

「いつもニコニコしてる常連さんの顔が暗いからさ」
「え……」
「店で商品見てるとき、いつも笑顔だったのに、どうしたのかなって」

 …笑顔だった?あたし…
 確かに、可愛いモノを見てるの、シアワセだけど
 ……顔に出てたなんて!

 急激に恥ずかしさが襲ってきて、真冬なのに…顔だけが熱い。

「心配だったんだ、この間、泣きそうなカオして走って帰ってくるし」
「え……?」
 どうしてそれを…

「やっぱ気付かないか。俺、普段は車だしなー」
「……」
「仕事帰りの俺とすれ違ったんだよ、この間」
「あ…!」
 そういえばあの時、アパートの前の曲がり角で、車にぶつかりそうになった…。
「たぶん、カワイさんのアパート、俺と一緒」
「えええ!?」
 そうか!だからこうして今、連れ立って歩いてるんだ!動揺してて気が付かなかったけど、家が同じ方向じゃなきゃ、こんなことできない。

「て、言うか…名前…」
 今さり気なくあたしの名前、出さなかった?
「ああ…キミ、半年くらいまえにさ、アパートの前で…トモダチにノート渡したことあったの、覚えてる?」
「あッ!」

 以前、あたしのアパートで、試験の前日に勉強会したことがあった。
 慌てて友達の授業ノート、見せてもらって、
 帰り際に彼女、肝心のノートを忘れて行っちゃって、部屋着のまま外に飛び出したんだ。
 大声で名前、呼んで……確か友達も『河合ーありがとー!!』って…叫んでた…。

 うわぁ……アレ、見られてたんだ……

 隣を歩く彼が、ククって笑いを堪えてる。
 恥ずかしい…恥ずかしすぎる……

「そのときからすげー印象に残ってて。たまに見かけると、あ・カワイさんだ…って」

 アパートの前に捨てられてたネコに餌やってたこともあったよなって北原さんは笑顔で言った。

「全然…気付かなかったです…」
「だろうなって思ってたよ。最初に店来たときも、そんな素振りなかったし」


 突然、北原さんが立ち止まった。

 え?ってあたしも遅れて立ち止まる。

「何かあった?」

 柔らかい雰囲気が一変、真剣な顔で北原さんがこっちを見てる。
 
 街灯のまばらな、古い家が多く、細い通り。
 もう少しでアパートが見えてくる。


「彼と、別れたんです」

「……」
「浮気されてて……その相手、あたしとずっと仲良くしてくれてた、先輩で」
「………」
「もしかしたら、あたしの方が浮気だったかもしれないんですけどね。美咲さん、キレーだし」
 隣の気配が、張り詰める。
「でも、もうどっちでもいいんです。あたし、アッサリさよならしちゃった。その程度の恋だったのかなって」
 それに、尊敬する美咲さんとなら、駿介も幸せになれる。

「……思ってた通り」

「え?」
「【カワイさん】のイメージ。もし恋人と別れても、スパッと切り替えて前に進める」
「……あたし、そんなカッコイイ感じじゃないですよ?」
「じゃ、教えてよ。ほんとのキミがどんなのか」
「…え?」

「俺と付き合って」


 …ええええ!?
 確かに、北原さんのことちょっといいなって思ってたけど…
 笑顔にもキュンとしちゃったけど……

 でも…

「別れたばっかで、すぐ付き合うのは軽い女みたい…って?」
「なっ…どーして考えてること……」

「俺は半年前からずっとキミのこと見てた。ちょっとでも可能性あるなら、考えてみて…」

 スって、北原さんの大きい手が、あたしの肩に触れた。

 と、思ったら。


 ちゅって、唇が合わさる。

 一瞬の早業。
 目を閉じるヒマもないくらい。

「今日はこれでガマンする」
 二って、北原さん、悪戯っ子みたいな笑顔。

 あの、とろけそうな甘い笑顔とはまた違うけど、
 
 あたしの心臓はまた、鷲掴みにされたみたい…。


「あとさ、同い年なんだから俺のこと、颯太でいいよ」

 え?同い年!?

「俺ら同じ大学の、タメ。あの店はアルバイトだよ」

 そう言って、今度こそとろけそうな笑顔を浮かべた彼に、


『私も実は気になってたよ』

って伝える日は、そう遠くないのかも。









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