好きな人



【R18:この話は性描写を含みます。閲覧は自己責任でお願いします。苦手な方は引き返してください。大丈夫な方のみどうぞ↓】

















『17時にいつものとこで』


 私は唇を噛み、素早く携帯をポケットにしまった。
 あたりを確認する。西陽の差し込む放課後の廊下に、人の姿はない。
 ほっと胸を撫で下ろした。間違いなく顔面蒼白であろう今の自分を見られたら、詮索は免れないだろうから。

 メッセージの送り主は、羽柴詠人(はしばえいと)
 特進クラスである3年1組の生徒だ。

 特進クラスは、学年の成績上位者40名で構成されており、有名大学への進学のための勉強に重点をおいている。いわば、将来のエリートが集うクラスだ。
 羽柴詠人はその中でも、1、2を争う優等生。


 私は彼に、脅されている。




「ん……!んあ…ぁ」
真帆(まほ)、声大きい。防音じゃないんだから、廊下に人がいたら聞こえてるよ?」

 こんなところを見られたら、私は間違いなく免職。彼だって停学では済まないだろう。
 それなのに彼は、いつ誰が入ってくるとも分からない部屋に、鍵をかけようともしない。こういうところは授業中の慎重で落ち着いたイメージとはかけ離れているな、と思う。


「ねえ、すごい締めつけ。そんなに好き?俺の」

 耳元で囁かれ、耳たぶを口に含まれる。
 ぞくぞくと背筋を這い上がる快感。漏れそうになった声は、唇をかんでやり過ごした。

「また締まった。もうちょっと加減してよ。それとも中に出されたいの?」
「…っ……!ぁ…」

 そんなこと言われたって。

 甘い言葉やキスが、あの人からのものだったら。考えるだけで、身体の奥が蕩けてしまう。

 容赦なく最奥を突かれ、余裕をなくした私の口を、彼は喘ぎ声ごと飲み込むように塞いだ。






 私が冴木修平に惹かれたのは、必然だったと思う。

 ストレートで教員試験に合格し、大学卒業とともに赴任した地元の高校。右も左も分からない中、私の教育係として指名されたのが、3つ年上の冴木先生だった。
 それほど大きくもない学校だ。若い教師は私と冴木先生の他には、二、三人くらい。
 慣れない仕事に追われ、休日が潰れることもざらにある。学校と家を往復するだけの毎日。

 そんな中、冴木先生は、飲み込みの遅い私に辛抱強く仕事を教えてくれた。

「困ったことがあったら、どんな些細なことでも俺に相談して。慣れないうちは、どうしても遠慮して溜め込んじゃうから」


 クラス担任だけの私とは違い、彼は部活の顧問ももっている。仕事量は私よりずっと多いはずで。
 それでも、嫌な顔一つせず新人を気にかけてくれる優しさに、惹かれた。

 理学準備室の窓からは、グラウンドがよく見える。
 冴木先生は野球の指導に熱心で、部活生の練習に参加していることが多い。
 仕事の合間にそれを眺めるのが、私の楽しみになっていた。それだけで満足していたはずだった。

 それが、どうしてあんなことをしてしまったのか。

 あえて言い訳をするなら「魔がさした」のだと思う。



 野球に夢中になる彼の、子どもみたいな笑顔と、引き締まった首すじを流れる汗。

 どんな風に女の人を抱くんだろう。


 一度始まった妄想は止まらなくなった。

 私しかいない理学準備室は、ひどく静かだ。



 冴木先生にいつもの爽やかな笑顔はなく、表情には余裕がなかった。
 触れるだけのキスが、少しずつ深くなる。
 シャツのボタンとブラのホックを外される。私は抵抗しない。

 遠慮がちに胸を揉む手は、仕事のやり方を教えてくれるときと同じで、優しい。
 私の反応を確かめながら、的確に感じる箇所を探り当てる。

 荒くなった二人の呼吸が、狭い部屋に響く。

 彼の手が、少しずつ下半身へと伸びる。すでにぐっしょりと濡れそぼったそこは、快感を求め、彼の指を絡め取るように蠢く。
 最初はゆっくりと、しだいにかき混ぜるように弄られて。

 真帆…気持ちいい?

 興奮から低く掠れた声で、彼がささやく。


 「あ…っ…修平…!きもちい…っもう…!」


 イく、と口から出かかった、その時だった。

 前触れなく、準備室の扉が開いた。




***




 部屋の中の光景に、俺は絶句した。

 「……羽柴くん…」

 初めて聞いた。先生の余裕のない声。
 ほっそりとした手で、乱れたシャツの前をかき合わせて。
 太ももまでめくれ上がっていたスカートを、慌てて直す。

 今更取り繕って、ごまかせるとでも思ってるんだろうか。



 「何してたんですか?」

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 「修平」は数学教師の冴木のことだとすぐに思い当たる。先生はそいつとのセックスの妄想で抜いてたってことなんだろう。

 怒り、悔しさ、失望、色んな感情が、その事実を受け入れることを拒否していた。


「そんな、化け物見たような顔しないでくださいよ」

 ゆっくり、距離を詰める。
 俺はたぶん、いつもとは全く違う顔をしていたんだと思う。
 先生が座っている椅子が、ガタンと大きな音を立てた。怯える彼女には構わず、二の腕を掴んで引き寄せる。


「やっ!やめなさい!…やめて!」
「抵抗していいんですか?」

 彼女の動きがピタリと止まる。絶望に似た表情。日常生活ではまず見ることのない、たぶん、今まで誰も見たことのない。
 それをさせているのが自分だと思うと、言いようのない高揚感で胸がざわめいた。

「先生が学校で、しかも先輩教師との想像でオナニーしてたなんて、最高のネタだよね。俺、黙ってる自信ないなあ」
「お願い!誰にも…言わないで…」


 縋りつくような目に、とことんつけ込んでやろうと思った。
 どうせ、心を手に入れることはできないのだから。

 かき合わされていたシャツの前をはだけさせ、腕を抜かせる。
 乳房の中心の、まだぷくりと勃起しているしこりを舌で刺激すると、先生の身体が跳ねた。

 ダメだ、こんなこと。
 絶対にしてはいけない。

 頭では分かっている。

 けれど、彼女の声は想像よりずっと艶かしく、身体は指が吸い込まれそうなほど柔らかかったから。
 理性は簡単に崩れ落ちた。





 彼女のことが、ずっと好きだった。


 この高校に赴任してきた時、先生は大学を卒業したばかりだった。
 体育館のステージの上で、緊張でガチガチになりながらも懸命に挨拶をしていた。
 無事に終えてほっとしたのか、最後のお辞儀でマイクに派手に額をぶつけて、場は笑いの渦で。
 真っ赤な顔で逃げるように席に戻る彼女は、とても年上には見えなかった。



 明るくて、真っ直ぐで、どんな生徒にも一生懸命向き合おうとする。
 だからだろう、授業でときどきミスをしても、彼女の人気は高かった。


 最初はみんなと同じ気持ちだったのだ。

 年が近く童顔な彼女への親近感。
 教師が誰しももっているわけではない、生徒のことを真剣に考えてくれる熱心さが、好ましかった。


 それが恋愛感情になったのは、いつからか。





 顔を近づけると、彼女はぎゅっと唇を結び、目を閉じた。
 ズキンと胸が軋む。
 求められているのは自分じゃないと思い知らされる。


 辛くて、痛くて。
 でも、衝動を止めることはできなくて。
 つい、その考えが口から滑り落ちた。



「俺のこと冴木先生だと思ってみたら?」


 このときの彼女の顔を、俺は一生忘れられないだろう。
 背徳感に揺れながらも、抗いがたい暗い欲望が垣間見えた、女の顔を。



 さっきよりずっと力の抜けた彼女の身体を引き寄せ、唇を奪った。
 見た目より、ずっと華奢なことに驚く。
 隙間から舌を入れ、存分に咥内を堪能する。時折くぐもった喘ぎ声が聞こえ、徐々に彼女の身体が熱くなる。

 たいして経験のない俺でもはっきりと分かるくらい、先生は欲情していた。

「ん…っあっ!あっアッ…!」

 甘ったるい、男を誘う声。
 耳の奥から理性を溶かされているみたいだった。
 目の前がくらくらする。鼓動が異常な速さで脈打つ。

 カリ、としこった乳首を噛むと、ひときわ高い声が上がる。

 分かりやすい。
 性格と同じ素直な身体に、思わず笑みが漏れる。

「あ…、あの…!もうっ…あっ!」

 いやらしく腰をくねらせ、先生は、胸に吸い付いていた俺の頭をかき抱いた。

「やらしい顔。仕事中はあんなに真面目なのにな」
「あ…そ、んな…っ」

 冴木のように振る舞う俺に、彼女は涙目になる。

「いつもこんなことしてんの?俺のこと考えながら、一人で恥ずかしいこと」
「ちが…!今日、が、初めてで…!」

 かあ、と先生が頬を染めた。
 ああもう、本当にこの人は、いちいち俺のツボを突く。

「嘘つけ。『学校で』してないだけだろ?淫乱」
「っあああ…!!」


 股間に指を這わせると、そこは信じられないくらい熱く蕩けていた。

「すげ、濡れすぎ」

 ぷちゅんとクリトリスを潰すと、また甲高い悲鳴が上がる。

「ねえ、どこがいい?教えてくれたら、触ってあげるよ」

 言いながら、トロトロと溢れてくる蜜を秘部に塗りつける。
 掻き回すたびに、くちゅ、くちゅ、と水音がして、彼女の興奮を伝えてくれる。


「あっ…!んぁー…はアァ…」
「ん、ここ?」
「は…い、そこ…やば……きもちい、ですっ…!」
「ゆっくりがいい?それとも、もっと強く?」
「もっ…と、つよくっ…!ぐちゃぐちゃにしてぇ…」


 初めて目にする、好きな人の乱れた姿。
 でもそれは本来、俺が見ることのできるものじゃなくて。

 俺が冴木だったら。
 本当の意味で、この人を満たしてあげられるんだろうか。
 こんな嘘の快楽じゃなくて、もっと。


「っくそ…!」


 焼かれそうな感情は、欲情のせいか、それとも嫉妬のせいか。

 熱くそそり立つ欲望を、ぐずぐずに溶けた割れ目にあてがうと、さすがに彼女は目の色を変えた。


「あ…!まっ…て、直接は…!」

 その言葉をキスで遮る。

「真帆」
「っ…!」

 名前を呼ぶと、怯んだように力が弱まった。
 抵抗しない。俺のことを『冴木先生』だと思ってるから。

 目を閉じた彼女の最奥に、一気にそれを突き立てる。

「あ…!あ!ああ!修平っ!イイ…っ!」
「…っく」

 彼女が呼んでいるのは他の男。なのに、ありえないくらい気持ちいい。
 熱い肉壁に絡みつかれ、飲み込まれそうだった。

 相反する感情に気が狂いそうになりながら、俺はすべてを彼女の中に放出した。



***



「強制はしない」と羽柴くんは言った。
「先生が拒んでも、今日のことは口外しない」とも。


 それでも私は、彼からの連絡を無視したことはない。


 それは、冴木先生への恋心ゆえだ。

 好きで好きで、たとえ代わりでも愛されたかったから。


 それ以外の理由なんて、あってはならない。












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