07





「今日はどこへ行くのですか?」
「雑貨屋だよ。このへんの地域だけで店舗展開してるとこ。俺も行くのは初めてだけど、妹が前に絶賛してたから」
 男っぽい性格のくせに可愛いモノが好きなんだよなーと呟いた蒼は、柔らかい笑みを浮かべている。
 初めて見る、妹を大切に思う兄の顔。
 何だか…すごく新鮮。

「仲が良いんですね。私は一人っ子ですので…羨ましいです」
「どうかな。妹は俺のこと、あんまり良く思ってないかも」
 小さく笑って冗談っぽく言う蒼に、そんなことありません!と食い下がった。
「誕生日にプレゼントをくれるお兄さんなんて、なかなかいません。私からすれば、それだけで理想の兄です!」

 幼い頃はずっと家に独りきりだった。
 家庭環境に不満をもったことはないけれど、もし自分に兄弟姉妹がいたら…と考えたことがないわけではない。

「妹さん、お兄ちゃんが家を出て一人っ子の寂しさを実感していると思います。プレゼント、きっと喜んでくれますよ…」
 会ったこともない彼女の笑顔を想像して頬を緩ませる羽海。
 それを目の端で捕えた蒼の表情も、優しげなものに変わる。

「やっぱ、矢吹に頼んで正解だった」
「ん?何ですか?」
「いや、何でもねーよ」
 隣に座る気配が疑問符を浮かべるのを感じて、蒼はクスリと笑った。





 凝ったつくりのドアを開け、足を踏み入れたそこには、初めて見る世界が広がっていた。
 例えるなら、そう…まるで宝石箱のような…。

 色とりどりの雑貨が、木製のシェルフに並べられている。
 天井からは可愛らしい飾りがぶら下がり、選んだ商品をキープするための買い物かごまでが、お洒落なリネン素材。
 観葉植物が置かれている小さな木の梯子や、柱に掛けられた時計などは、お店の物かと思ってしまいそうだが、ちゃんと値札がついていた。

「す…すごいです…雑貨屋さんとは煌びやかなところなのですね…!」
「だな。女の子が好きそう」

 見れば、店内を物色しているのは女性ばかり。
 男性が独りで来れば、間違いなく浮いてしまうだろう。

「どれも可愛らしいです…。こういうの、見ているだけで幸せですね」

 羽海にとって、物を買うという行為は、必需品調達のためで。
 スーパー、薬局、格安衣料品小売チェーン。縁のある店と言えばせいぜいそれくらいだ。
 普段から機能性に特化した商品ばかり見ているため、こういった外見重視のグッズは目に眩しい。

 ふと目についた小物を手に取り、眺めた。
 花の飾りのヘアアクセサリー。落ち着いたブラウンのそれは、髪につけても主張しすぎることはなさそうだ。
 可愛い…。これくらいなら、私がつけてても変じゃないかも…。
 何気なく浮かんだその考えを、慌てて打ち消す。
 今月は化粧品を買って、ただでさえ家計が苦しいのだ。いつもより節約しても両親への仕送りができるかどうか…。
 そんな状況で私物を買うなんて、ありえない。

「矢吹ーこれとかどうかな?」
「は、はい!…アクセサリーですか?」
 慌てて持っていた花を元に戻し、蒼の方へ向かった。
「派手すぎなくていいと思うんだけど…」
「…んー…妹さん、男っぽい性格なんですよね?…気に入ると思いますが、つけるのは少し恥ずかしいかもしれません…」

 可愛いものが好きでも、素直に身につけられるかと言えばそうではない。
 他でもない自分がそうだから、気持ちは痛いほど分かる。
「確かに。アイツの性格じゃ、お蔵入りになるかもなー。他の、探してみるか」
「はい」

 店の奥へと歩を進める蒼の後に続こうとした。その時。

「あれ?矢吹さん?」

 背後から聞こえた声に、思わず振り向いた。

「あなたは…!」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな」

 目を見開く羽海に、ニコニコと愛想の良い笑顔で男が言う。
 どこぞの俳優のような甘いマスク、抜群のスタイル、一目で上等なものだと分かる服装。
 以前羽海を試した張本人、桜井陸がそこにいた。

「お疲れさまです。桜井さんこそ、私の名前を覚えていてくださったのですね」
「あれ、もう俺のことバレちゃってるんだ」
「加瀬さんから伺いました。ゆくゆくは社長になるお方だと」

 失礼のないようにしなければ…!
 姿勢を正し、畏まって受け答えをする羽海に、陸は苦笑を返した。

「まだ決定事項じゃない。それに、今は勤務時間外だ。そんなに固くならないで」
「はあ…」
 そうは言われても、陸は常務執行役員で、かなり目上の立場に当たる。
 かたや入社して間もない新入り。気を遣うなとは、何とも難しい相談だ。

「ここでお買い物ですか?」
「いや、この雑貨店が最近勢い付いていると業界内で評判でね。ウチの百貨店でも店舗導入の案が持ち上がっているんだ。今日はそのための視察」
「そ…そうだったのですか…!」
 引き止めてしまい申し訳ありません、と一礼し、その場から去ろうとする羽海。
 その腕を大きな手が掴み、引き止めた。

「桜井さん?どうし…」
「今日のほうがいいね」
「え…?」
「化粧だよ。君の顔は、少し手を加えるだけですごく華やかになる…」

 戸惑う羽海の頬に、長い指が優しく触れた。
 と、次の瞬間、陸の手が硬直する。

「いくら上司でも、して良い事と悪い事があるんじゃない?」

 羽海が聞いたこともない低い声。
 二人の間に割って入った蒼が、陸の手首を掴んでいた。
 背中に庇われているため、その表情は伺えない。
 静かに怒気を放つ蒼とは対照的に、陸はニコリと端整な笑みをつくった。

「これは失礼。そちら、恋人だったのか」
「あ…!違います、蒼さんは…」
 慌てて上司の勘違いを訂正しようとした羽海の言葉は、新たな乱入者によって遮られた。

「陸ーっ!いつまで話してんの?早くこっち来てよー!」
「ああ、悪い。ちょっと知り合いに会ったからさ」
 どうやら連れらしい女性が、陸の腕に絡みつく。体のラインがくっきりと出るタイプのワンピースが、彼女の大人の色気を引き立てていた。
 グロスだろうか、唇が艶かしく光り、上目遣いの目元には長いまつげが影を落としている。
 男なら誰もが振り返りそうな、美女。

「それじゃ、またね。矢吹さん」
「は…はい。お疲れ様です」

 満面の笑みの陸と、その隣で無遠慮に羽海の格好を眺め、怪訝な顔をする彼女。
 そのギャップに少々戸惑いつつ礼をする。
 お店の視察に、女の人を連れてきたのだろうか…。
 寄り添って歩く二人の後ろ姿を眺め、羽海は首を傾げた。


「…すみません、蒼さん。誤解を招いてしまいました…」
「え?何が?」
「さっき、桜井さんが蒼さんを、その…恋人だと…」
「ああ…そんなの気にしてないよ」

 爽やかな笑顔を見せる蒼の声音は、先ほどの低いそれではなかったけれど。
 化粧をしているとは言え、Tシャツにパーカー、ジーンズ姿の羽海。
 陸の勘違いで、…蒼に嫌な思いをさせたのではないか。
 そう思うと、やりきれなかった。

 どうしてこんなことが気になるのだろう。
 本人は気にしていないと言っているのだ。だったらそれで良いではないか。
 もっとマシな服を着てくれば良かった、とか。
 絶対におかしい…。私。

 今まで、外見のことで誰に何を言われても、気にしたことなんてなかったのに。

 この胸のモヤモヤは、何……?




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