「……どういうこと?……杏奈が…」
tearの…会員。
テーブルに置かれた2人分のグラスは、氷が溶けきって汗を掻いていた。
tearは、男に復讐したい女性が所属する…コミュニティ。
彼女をそれに駆り立てる何かが、あったということだ。
「小学生のときに…憧れてる人がいたの」
杏奈は、窓の外を眺め、ポツリと呟く。
涙は止まったみたいだった。
「その人、叔父なんだけどね。パパとは15も歳が離れてるから、あたしが小学校低学年のとき、彼はハタチくらい。おじさんっていうよりお兄さんだった。
よく遊んでくれて、頼りになって…カッコいいなーって。多分、あたしの初恋」
懐かしむように目を細めて、微笑む杏奈。
だけど、少しだけ悲しさが混じったその顔は、昔話に花を咲かせたいわけじゃない…。
「3年生の時に、ね……その人に、イタズラされた…」
……何、されたの……?
そう尋ねようとして、言葉を飲み込んだ。
杏奈は眉根を寄せ、切れそうなくらい唇を噛み締めてる。
その様子から、“イタズラ”の意味が何となくみえた。
……おそらく、世間一般的なからかいを指しているのではない。
「その日は夏休みだったわ。両親は共働きで、暗くなっても帰ってこない。
家に一人きりのあたしを心配して、当時大学生だった彼が来てくれてたの。
それはいつものことで、別に珍しくもなかった。
だから全然…警戒もしてなかった。」
「……」
「初めはふざけ半分で、お互いをくすぐりあって騒いでた。
だけど…段々…彼の様子がおかしくなってきて…」
杏奈は小さく息を吐いた。
「そのまま、恋人同士がするようなことを…されたの」
「……それ…って…」
喉がカラカラに渇ききっていて、掠れた声しか出てこない。
目の前の彼女は、思い出したくもない、とでも言いたげに顔を歪めた。
「ショックだったわ。やめてって、泣きながら何度も叫んだけど、聞き入れてもらえなかった」
「……」
「彼は……“杏奈はすごく可愛いから、大きくなったらきっと、びっくりするような美人になるよ”って。
嬉しそうにそう言って…」
杏奈の話に、彼女を傷つけた叔父への嫌悪感がフツフツと湧き上がってくる。
気持ち悪い何かが…首筋に絡みついてるみたい。
杏奈は淡々と言葉を続ける。
「実の叔父にそんなことされたなんて…親にも言えなくて。
それから2年間は…どうやって過ごしたのか…ぼんやりとしか思い出せないの」
「そ…んな…」
私と初めて出会ったとき、杏奈は…笑っていた。
当時、彼女は6年生だったはずだ。
辛い経験をしてきたようには、到底見えなかったのに…。
杏奈が受けたのは…酷い裏切り。
心から信じていた人だからこそ、傷は深く、なかなか消えない。
その痛みは…十分すぎるほど分かる。私も…そうだったから。
「抜け殻みたいだったあたしだけど、5年生のとき…tearを見つけたの。
まさに転機だった。もちろん、すぐ入会したわ」
「……」
さっきとはうってかわって、口角を緩く持ち上げる彼女。
それを見て、背筋を冷たいものが走り抜けた。
杏奈に…こんな、黒く濁った部分があったなんて…。
「あの日以来…自分の容姿が大嫌いだった。
こんな風に生まれてしまったから…あたしは彼に酷いことをされた…ってね。
だけどそれを利用する方法があることを、tearが教えてくれたの」
つまりは、美しさを磨いて復讐するということか。
一度は私も踏み誤ってしまいそうになった道。
手入れの行き届いた杏奈の髪は、日の光を受けてライトブラウンに輝いていた。
非の打ちどころのない顔と身体。
誰もが魅力を感じずにはいられない。
だけど…
「それを利用するなんて…悲しいよ」
向かいの彼女の自虐的な笑みが、凍りついた。
「杏奈の気持ち、すごく分かる。
だけど…私はずっと、杏奈みたいにキレイに生まれたかった…。
……私だけじゃない。世の中のほとんどの女の子にとって、憧れだよ」
見た目が良くないだけで…認めてもらえないこともある。
「だから、お願い。自分のこと…大嫌いなんて言わないで……」