第4章3

注:GL、強要&近親要素あり。ごく軽い表現ですが、閲覧は自己責任でお願いいたします。




「……どういうこと?……杏奈が…」

 tearの…会員。

 テーブルに置かれた2人分のグラスは、氷が溶けきって汗を掻いていた。

 tearは、男に復讐したい女性が所属する…コミュニティ。

 彼女をそれに駆り立てる何かが、あったということだ。

 

 

「小学生のときに…憧れてる人がいたの」

 杏奈は、窓の外を眺め、ポツリと呟く。

 涙は止まったみたいだった。

「その人、叔父なんだけどね。パパとは15も歳が離れてるから、あたしが小学校低学年のとき、彼はハタチくらい。おじさんっていうよりお兄さんだった。

 よく遊んでくれて、頼りになって…カッコいいなーって。多分、あたしの初恋」

 

懐かしむように目を細めて、微笑む杏奈。

 だけど、少しだけ悲しさが混じったその顔は、昔話に花を咲かせたいわけじゃない…。

 

3年生の時に、ね……その人に、イタズラされた…」

 

……何、されたの……?

そう尋ねようとして、言葉を飲み込んだ。

 杏奈は眉根を寄せ、切れそうなくらい唇を噛み締めてる。

その様子から、“イタズラ”の意味が何となくみえた。

……おそらく、世間一般的なからかいを指しているのではない。

 

「その日は夏休みだったわ。両親は共働きで、暗くなっても帰ってこない。

家に一人きりのあたしを心配して、当時大学生だった彼が来てくれてたの。

それはいつものことで、別に珍しくもなかった。

だから全然…警戒もしてなかった。」

「……」

「初めはふざけ半分で、お互いをくすぐりあって騒いでた。

だけど…段々…彼の様子がおかしくなってきて…」

 杏奈は小さく息を吐いた。

 

「そのまま、恋人同士がするようなことを…されたの」

「……それ…って…」

喉がカラカラに渇ききっていて、掠れた声しか出てこない。

目の前の彼女は、思い出したくもない、とでも言いたげに顔を歪めた。

 

「ショックだったわ。やめてって、泣きながら何度も叫んだけど、聞き入れてもらえなかった」

「……」

「彼は……“杏奈はすごく可愛いから、大きくなったらきっと、びっくりするような美人になるよ”って。

 嬉しそうにそう言って…」

 

 杏奈の話に、彼女を傷つけた叔父への嫌悪感がフツフツと湧き上がってくる。

気持ち悪い何かが…首筋に絡みついてるみたい。

 

杏奈は淡々と言葉を続ける。

 

「実の叔父にそんなことされたなんて…親にも言えなくて。

それから2年間は…どうやって過ごしたのか…ぼんやりとしか思い出せないの」

 

「そ…んな…」

 私と初めて出会ったとき、杏奈は…笑っていた。

 当時、彼女は6年生だったはずだ。

 辛い経験をしてきたようには、到底見えなかったのに…。

 

 杏奈が受けたのは…酷い裏切り。

 心から信じていた人だからこそ、傷は深く、なかなか消えない。

 その痛みは…十分すぎるほど分かる。私も…そうだったから。

 

「抜け殻みたいだったあたしだけど、5年生のとき…tearを見つけたの。

まさに転機だった。もちろん、すぐ入会したわ」

「……」

 さっきとはうってかわって、口角を緩く持ち上げる彼女。

 それを見て、背筋を冷たいものが走り抜けた。

 

 杏奈に…こんな、黒く濁った部分があったなんて…。

 

「あの日以来…自分の容姿が大嫌いだった。

 こんな風に生まれてしまったから…あたしは彼に酷いことをされた…ってね。

 だけどそれを利用する方法があることを、tearが教えてくれたの」

 

 つまりは、美しさを磨いて復讐するということか。

 一度は私も踏み誤ってしまいそうになった道。

 

 手入れの行き届いた杏奈の髪は、日の光を受けてライトブラウンに輝いていた。

 非の打ちどころのない顔と身体。

誰もが魅力を感じずにはいられない。

 

 だけど…

「それを利用するなんて…悲しいよ」

 

 向かいの彼女の自虐的な笑みが、凍りついた。

 

「杏奈の気持ち、すごく分かる。

だけど…私はずっと、杏奈みたいにキレイに生まれたかった…。

 ……私だけじゃない。世の中のほとんどの女の子にとって、憧れだよ」

 

 見た目が良くないだけで…認めてもらえないこともある。

 

「だから、お願い。自分のこと…大嫌いなんて言わないで……」





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