プロローグ






 4畳半の部屋にきっちりと整頓されている物たちを、ダンボール箱に詰めていく。少しの衣類に、必要最低限の化粧品、筆記用具。
 こうして改めて荷造りをしてみると、3箱もあればゆうに収まってしまうほど私物は少なかった。
 冷蔵庫や電子レンジなどの大きなものは、借りてきたレンタカーにすでに積み込んである。

「お父さん、お母さん、準備できたよ」
「じゃ、行きましょうか」
「羽海(ウミ)もとうとう就職か。寂しくなるな…」
「お父さん…そんな顔しないで。住むところは別々だけど、県内なんだし。週末には出来るだけこっちに帰ってくるから」

 情けない顔で嘆く父と、テキパキと車を発進させる準備をする母。対照的な二人を尻目に、羽海は飼い猫の名を呼んだ。
「マロー!行くよーっ!」

 トテトテと家の中から出てきた三毛猫の口には、小さなリングが光っている。
「あっ…大事なの忘れてた…。ありがとマロ。相変わらずお利口だね」
 リングを受け取り、猫の喉を軽く撫でて抱き上げた。

「羽海、忘れ物ない?」
「うん」
 その声を合図に、大きなレンタカーは3人と1匹を乗せて走り出した。
 昨晩まで降り続いていた雨は止み、青い空には雲ひとつない。

 高校を卒業して6年、やっと正規の仕事にありつけた。
 本当は卒業してすぐ就職するつもりだったのだが、いかんせんこのご時世だ。高卒を雇ってくれる職場はなかなか見つからない。
 アルバイトをしつつ就職活動を続け、ようやく県内の百貨店から内定をもらえたのだ。
 街の方にある職場だから、実家から通うことはできないけれど…。

「良かったー。ちゃんと働けることになって…」
「本当ね。お母さんもひとまず安心だわ」
「採用担当の方々には感謝してもしきれないよ」
 笑顔を浮かべる母を見て、本当に良かったと思う。
 私はアルバイトでも構わない。だけどお父さんやお母さんにとって、娘が正規の職に就けることは、喜ばしいことだから。
 それに正社員のお給料ならば、今までよりは二人に贅沢をさせてあげられるだろう。
 父母の幸せそうな顔を想像し、羽海は頬を緩ませた。






 面白かったらぽちっと
↓とても励みになります
web拍手 by FC2

inserted by FC2 system