第3章5





 お気に入りのAラインのワンピースを着て、ベストを羽織った。ブラウンのサンダルを履いて玄関を出ると、外はもう昼間の暑さが消えつつある。

 集合は夕方の6時だから、まだ十分間に合う時間だ。

 

 初めての球技大会。私たちのクラスは総合成績で準優勝を勝ち取った。

 女子バスケットは杏奈の活躍でなんと優勝し、男子ソフトボールは準優勝。

 オマツリ好きの麻生くんが、例によって打ち上げを提案した。

 

 球技大会の次の日は、終了式。残るは楽しい夏休みだけ。

 部活生のことも考えて、打ち上げは終了式の日の、夜になった。

 

「絶対私服で来てねー!」

って、麻生くんは皆に忠告してた。

部活で遅くなる人も、ジャージのままで来るとかは、ナシな!って念を押す。

「なんで私服限定?」

って杏奈に聞いてみたけど

「んー?さあねっ」

ニヤニヤしてるばかりで教えてくれない。

制服やジャージでも問題はないと思うんだけど。

 

 なんとなく…嫌な予感がしてた。

 

 

 

 

駅前に集合して、クラスの面々と近くのファミレスで軽く夕飯を食べて。

さんざん騒いで、話に華を咲かせた。

 

 そこまでは、良かった。

 

「じゃ、2次会はカラオケねー!行く人と行かない人で分かれてー!」

 麻生くんがテキパキと皆を仕切る。

 

「やりぃ!カラオケだって!咲、行くよね?」

「んー…せっかくだし…行こうかな」

 カラオケなんて、数えるほどしか行ったことないし、特別歌が上手いわけでもないのに。

 

かなりテンションの上がった杏奈につられて…思わず頷いちゃってた。

 

 

 

 

「ちょっと…私、お酒なんて飲めないよ…」

 

 半数ほどが帰宅し、残ったメンバーで入ったカラオケボックス。

 部屋に入るなり、麻生くんと、それに続く何人かがアルコールを頼み始めた。

 

「え?飲んでみればいいじゃん。ちょっとだけなら何ともないよ?」

 縋るように杏奈に助けを求めたけれど、聞く耳持たずって感じ。

すっごくいい笑顔でアルコールドリンクのメニューを眺めてる。

 だから……私服限定だったんだ。

 

「麻生くん!こんなの年齢確認されたらすぐばれちゃうよ?」

「だーいじょーぶだって。それならもうパスしたし」

 ニヤって、悪い笑顔の麻生くんが財布から取り出したのは、この近くの大学の、学生証。

 

「コレ、兄貴の。ここの店テキトーだからさ、代表者一人が身分証明書見せれば、何も言われねーの」

 なんて…用意周到な……。

 ここまでされるともう二の句が継げない。

 

「咲は真面目すぎ!こういうときくらいハメ外そうよっ」

 ハイって杏奈に手渡されたグラス、見た目はジュースの液体が入ってる。

『じゃー皆さん!各自自分の飲み物持って〜!』

 マイク越しでエコーがかかった麻生くんの声が響く。

 イエーイ!とかハーイ!とか。大部屋に所狭しと座ったクラスメイトたちの声がそれに続いた。

 

 ……ダメだ。自分だけ飲みません、なんて言える空気じゃない。

 

14組の球技大会準優勝を祝して、カンパーイ!』

 

 カンパーイって、皆の声と一緒にとりあえずグラスを合わせた。

 

「…知ってて言わなかったんでしょ」

「ん?何のこと?」

 おそらくお酒であろう液体には口をつけずに、杏奈を問い詰める。

「しらばっくれたってダメだよ。言ったら私が来ないと思って黙ってたくせに」

「まーまー、そんな怒らないでよー。あたしだって咲と飲みたかったの!」

 

バンバンって私の背中を叩いた杏奈は、手に持っていたグラスを一気に空けた。

 ソレ、女子高生のセリフじゃないって…。

 

「ツマンナイこと気にしてないで。せっかく麻生くんが企画してくれたのよ?咲が楽しんでないと、気にしちゃうじゃん」

 杏奈は一転、神妙な顔つきで、ヒソヒソと囁いた。

 

た…たしかに…。

「…あたしのせいで、麻生くんが責任感じるのは…イヤ……」

「でしょ?だったら今日だけって割り切りなよ。すっごく美味しいよ?」

 新しく運ばれてきた、カフェオレのような色のお酒に口をつけつつ、杏奈は私の手にグラスを持たせた。

 

「ハイ、乾杯〜」

 カチンってグラスが合わさる音がする。

 

 そう…だよね。今日だけなら。

 それに、あまり飲まなければ…きっと、大丈夫。

 

 自分の中の生真面目な部分をムリヤリ納得させて、

 コクンって、一口だけ、赤とオレンジの混ざったような色の液体を、飲み下した。

「…おいしい……」

「でしょ?」

 なんだ…味はほとんどジュースと変わらないんだ。

 ちょっと、喉のあたりが熱くなるくらいで…これならいけそう。

 

 安心したら、急に喉が渇いてたことを思い出して、

グラスの半分くらいまで一気に飲み干してしまった。

 

 

「大翔―!今回大活躍だったんだから、飲めよ」

 大きな声がしたほうを見やると、顔を赤くした男子に絡まれて、鬱陶しそうな顔をしてる桐谷くんがいた。

手には、今にも零れそうなくらい、たっぷりとお酒が注がれたグラス。

 

その場の全員が注目する中、

「じゃ、カンパイする?」

 って、桐谷くんはどこか含みを持たせた笑みを浮かべて。

 カチンって相手とグラスを合わせたかと思うと、一瞬でそれを空にしてしまった。

 周りから、ヒューって二人をはやす声があがる。

 

 桐谷くんに絡んでいった男子は、もームリ…!ってソファに倒れこんだ。

 一気飲みをしても涼しいカオをしてる彼に、闘争本能?をかきたてられたのか、何人かの男子が、俺ともカンパイしよーぜって、桐谷くんの周りに集まってる。

 

ぼんやりとそれを眺めてたら、いつの間にか杏奈がいなくなってて…代わりに麻生くんが隣に座ってた。

 

「大翔、強いっしょ」

「…アレって強いの…?」

「大概だよ。前、俺んちで大翔と二人で飲んだんだけど、あいつ、ザル」

「へぇ…」

 確かに…。桐谷くんは…お酒に弱そうなイメージじゃないかも。

 

「椎名さん、グラス空じゃん。はいメニュー」

「あ…私はもう別に…」

「飲み放題だからさ、頼まなきゃ損だよ。コレとか、女の子には飲みやすくてオススメ」

「…じゃあ…それ、頼もうかな」

「りょーかい」

 

 麻生くんは手馴れた様子で私と、自分のドリンクを注文した。

 さすが、クラスをまとめるだけあって、こういうの、上手い。

 軽いノリで気を遣ってくれるから、一緒にいて心地良いんだ。

 

 運ばれてきたドリンクに、さっそく口をつけた。

 ふふって隣の気配が笑う。

 

「うまいっしょー酒。ひょっとしてけっこうイケるクチ?」

「そう…なのかな…。でもちょっと頭…ふわふわしてる…」

 意識はあるのに、ぼーっとしてる感じ。

「それがいいんじゃん。高揚感って言うの?」

「…高揚感……」

「ハイ、俺のも飲んでみ?わりと美味いよ。椎名さんのもちょっとチョーダイ」

 

 グラスを持ってた手に、麻生くんの手が重なった。

 

 他の男の人なら、ここでとっさに構えちゃってるトコだけど。

 麻生くんの人懐っこい笑顔と、巧みな話術で、完全に気が緩んでた。

 

 

「麻生、あっちで中西が呼んでる。3次会のことだってよ」

 

 いつの間に開放されたのか、すぐ傍で、桐谷くんの声がした。

「あ、マジ?すぐ行く。椎名さん、ちょっと行ってくんね」

 なぜか、くくって、おかしそうに笑って席を立った麻生くん。

入れ替わりに、桐谷くんが私の隣に座った。

 

「顔、赤い」

「え、ウソ…」

 慌てて頬に手を当てると、少し熱かった。

 そういえば、さっきから体が少し、火照ってるみたい……。

 

「アルコール、初めて?」

「うん…」

「なら、セーブしといたほうがいいかもな。カクテルは飲みやすいから、気付かないうちに酔うんだよ」

「そう…なんだ…」

 

 この、ふわふわしてる感じが、酔ってるってコトなのかな?

 桐谷くん…は…全然カオ、赤くない。

 いつもとおんなじ、読めない表情。

 

 じ…って、彼の顔を見つめてみる。

 ずっと目を合わせられなかったのに、お酒の効果かな?今は、ヘーキ。

 

 薄暗い照明に照らされた、桐谷くんの長いまつげ。

 ソファにもたれて座って、グラスに口をつける仕草とか。

 伏し目がちの横顔が…なんだかすごく…セクシーで……。

 

 遠慮も何もなしに、じっと見つめてたら

 

「なに?」

怪訝そうにこっちを見た桐谷くんと、視線が絡んだ。

って…!私…何考えてんの…!

「え…あ…っと、桐谷くんは…酔ってないの?」

「今んとこはな」

 ごまかしの裏側、彼には全部見透かされてる気がして、いたたまれない。

 

 

 

「それより、こういう酒の席では…気ぃつけて」

「え…?」

 出し抜けに呟かれた言葉に、伏せていた顔を上げた。

 

 

「椎名さん、酔うと無防備すぎ」

 

 桐谷くんの漆黒の瞳が…鋭くなった気がした。

 ソフトボールの試合で、打席に立ったときの、あの鋭い目に…似てる。けど…

 少し、切なさを感じさせるような。

 

「そんなに隙だらけだと…」

 口の端を持ち上げた端整な顔が近づいて、顎を捕えられた。

 

「攫われるよ?」

 

 

 最初は人ひとり分ほどあった距離が、いつの間にか縮まってた。

 桐谷くんが飲んでたカクテルの甘ったるい香りが、鼻腔をくすぐる。

 びっくりして後ずさった私は、すごく情けない顔だったのかもしれない。

 

「冗談だよ」

って破顔した桐谷くんは、子どもみたいに無邪気に笑った。

 

 こんな顔も…するんだ。

 ちょっとカワイイ…かも。

 

「嫌がることは…しないって。あの時、約束したし」

 “あの時”って…

桐谷くんにキスされた…とき…?

そういえば…

 

―――もうムリヤリあんなことしない。けど俺は、ずっと好きだよ

 

 恥ずかしい記憶を思い出して、顔に熱が集まった。

 ただでさえ火照って赤い顔、絶対ゆでだこみたいになってるんだろうなって。

 鏡を見なくても分かる。

 

 

「ホラまた。そういう表情(カオ)、他のヤツに見せんなよ」

 

 ペチって額を指で弾かれた。

 

 

 桐谷くん、酔ってないなんて嘘だ。

 だって、素面のときだったら、絶対しない表情、言わないコトバ。

 

 

 ちょっと酔ってるくらいの方がいいかも…って思ったことは…秘密にしておこう。





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