「も…ダメ……」
半ば倒れこむようにしてパラソルの下に座り込んだ。
ビーチバレーは割といい勝負だったけど、結果として私たちが勝った。
すごかったのは杏奈だ。
野球部で鍛えてる桐谷くんについていってた。
二人とも、動きが素人じゃない…。
そういえば、小学生のときの彼も、体育の授業で目立ってたなーって思い出す。
でもやっぱり最後は、男の子で運動部の桐谷くんに分があった。
杏奈はものすごく悔しがってたけど。
「大丈夫?」
疲れで放心状態の私を、桐谷くんが労わってくれる。
「ダメ…。普段運動してないと…こういう時キツイね」
着ていた服に汗が張り付いて気持ち悪い。
水着の杏奈は海で涼を取れるけど、Tシャツにショートパンツの私はそうもいかない。
「桐谷くんも、海行ってくれば?」
麻生くんと杏奈は、浮き輪をつけてかなり沖の方まで行ってしまったようだ。
少しだけ考える素振りを見せた桐谷くんが、こちらを流し見る。
「…この間みたく絡まれても一人で何とかできるなら、行くけど」
「う……」
そう言われて、胸を張って行ってきてとは言えないのが情けない。
「気にすんなよ。もともと麻生の付き添いで来ただけだから」
私を安心させるように少しだけ笑う。
桐谷くんは、転入してきたばかりの頃よりも随分とっつきやすくなった。
パラソルの下に座り、何となく二人で海を眺めた。
「そういえば、野球部の練習は?」
「偶然、今日と明日だけ休みになった」
「夏休み中毎日なの?」
「ほぼ、な。盆休みとかはあるけど」
「た…タイヘンなんだね…」
さすが運動部…。厳しいんだろうとは思ってたけど、ここまでなんて…。
「でも…嫌にならないんだ?」
「野球好きだから。椎名さんの絵みたいなモンだよ」
そっか…。ナットク。
昔…私の絵を見に来てたときも、必ずグローブとボール、持ってたもんね。
「せっかくの休みなのに…なんか、ゴメン…」
桐谷くんたちが来ることになったのは100%、私のせい。
ちょっとだけ驚いた顔をした彼の眉尻が下がる。
「気にすんなって言ってんだろ。バレー楽しかったし……」
珍しく桐谷くんが口ごもった。
「椎名さんに会えたし」
言った瞬間、フイって顔を背ける。
もう、これだから…桐谷くんといると心臓に悪いんだ。
言うこと、すること、予測できない。
大体私のこと好きな理由が分からないよ。
遊園地でも、保健室でも、駅でも、体育館でも……そして今日も。
彼にはカッコ悪いところばかり見られてるのに。
「俺、飲み物買ってくるけど…何かいる?」
「あ…じゃあ…ミルクティ」
好意に甘えて頼んだら、盛大に吹き出された。
ひとしきり大笑いした後、桐谷くんは、
「……またミルクティ?ホント好きなんだな」
って。
笑いすぎだよ。
そう言い返そうとした私を尻目に、彼は素早く立ち上がって、
何かあったらケータイかけてって言い残して、さっさと行ってしまった。
*
眼前に広がる海は、日の光を浴びてキラキラと輝いている。
家族連れや恋人同士が多い。
目の前にはスイカ割りをしている小学生くらいの兄弟がいる。
夏休みの海岸は…イメージしてたのと全然違ってた。
もっと有名なビーチならいざ知らず、ここには危険そうな人の方が少ない。
全然…敬遠するコトじゃなかったんだ…。
こんなことならもっと前に杏奈に付き合ってあげれば良かった。
そんなことをぼんやりと考えてたときだった。
「咲ちゃん?」
よく知ってる柔らかい声が、背後から聞こえた。
ウソ…。
まさかそんなわけない。
慌てて振り返ると、ビックリ顔の先輩が…立っていた。
「……最近よく会うね」
変わらない笑顔。穏やかな雰囲気。
あの美術室での出来事が嘘だったかのように、先輩はいつも通りだ。
唯一違っていることといえば、肌が少し黒くなったことくらい。
「誰かと遊びに来てるんですか?」
「いや、ここで臨時のバイトしてる。夏休み期間は、募集がたくさんあるんだ」
日に焼けて、中性的な印象は薄れ、ちょっと男らしい。
でも、爽やかさは健在。
熱気が立ち上る砂浜で、先輩の周りだけ涼風が吹いてるみたい。
ていうか、周りの女の人の視線、独り占めしすぎですよ!
「先輩、休み明けたらますますモテちゃいそうですね」
「なに、ソレ。咲ちゃんがそんなこと言うの、珍しい」
キョトンとしてる先輩が可笑しくて笑ったら、先輩もつられて笑う。
こういうやりとり、久しぶり。
やっぱ私にはお兄ちゃん的存在だ。
そろそろ休憩時間…終わりだから、と言う先輩に手を振った。
「顔、緩みすぎ」
「え!?」
またもや背後からかけられた声に、今度はビクリと肩が震える。
思わず頬に手をやってしまう。どうして私ってこんなにバカ正直なの…。
「はい、ミルクティ」
「あ…りがと…」
ペットボトルを差し出す桐谷くんは、仏頂面。
もしかしなくても…見られてたんだ…。
「……あの、先輩とはさっき偶然会ってね…」
沈黙に耐えられなくて、話しかけてみるけど
「ふーん」
って、そっけなく返されるだけ。
眉間に深く皺が刻まれて…完全にご機嫌ナナメだよ…。
「あの…私、もう振られてるから」
ふてくされる横顔が、驚いてこっちを見る。
何言ってんの…私。
でも、誤解されたくない。桐谷くんには……。
「振られたって言うか…もう先輩に恋愛感情はなくて…」
言い訳がましいことを口にしかけた私に、彼がふう、って溜め息を吐く。
「…俺、カッコ悪いな」
「え…?」
「あんな場面見ただけですげー嫌な気分になって。ごめん。完全に八つ当たり」
桐谷くんは、くしゃって頭に手をやり、俯いた。