第5章2





「も…ダメ……」

 半ば倒れこむようにしてパラソルの下に座り込んだ。

 

 ビーチバレーは割といい勝負だったけど、結果として私たちが勝った。

 すごかったのは杏奈だ。

 野球部で鍛えてる桐谷くんについていってた。

 二人とも、動きが素人じゃない…。

 そういえば、小学生のときの彼も、体育の授業で目立ってたなーって思い出す。

 

 でもやっぱり最後は、男の子で運動部の桐谷くんに分があった。

 杏奈はものすごく悔しがってたけど。

 

 

「大丈夫?」

 疲れで放心状態の私を、桐谷くんが労わってくれる。

「ダメ…。普段運動してないと…こういう時キツイね」

 着ていた服に汗が張り付いて気持ち悪い。

 水着の杏奈は海で涼を取れるけど、Tシャツにショートパンツの私はそうもいかない。

「桐谷くんも、海行ってくれば?」

 麻生くんと杏奈は、浮き輪をつけてかなり沖の方まで行ってしまったようだ。

 

 少しだけ考える素振りを見せた桐谷くんが、こちらを流し見る。

 

「…この間みたく絡まれても一人で何とかできるなら、行くけど」

「う……」

 そう言われて、胸を張って行ってきてとは言えないのが情けない。

「気にすんなよ。もともと麻生の付き添いで来ただけだから」

 私を安心させるように少しだけ笑う。

 桐谷くんは、転入してきたばかりの頃よりも随分とっつきやすくなった。

 

 

 パラソルの下に座り、何となく二人で海を眺めた。

 

「そういえば、野球部の練習は?」

「偶然、今日と明日だけ休みになった」

「夏休み中毎日なの?」

「ほぼ、な。盆休みとかはあるけど」

「た…タイヘンなんだね…」

 さすが運動部…。厳しいんだろうとは思ってたけど、ここまでなんて…。

 

「でも…嫌にならないんだ?」

「野球好きだから。椎名さんの絵みたいなモンだよ」

 

 そっか…。ナットク。

 昔…私の絵を見に来てたときも、必ずグローブとボール、持ってたもんね。

 

「せっかくの休みなのに…なんか、ゴメン…」

 桐谷くんたちが来ることになったのは100%、私のせい。

 ちょっとだけ驚いた顔をした彼の眉尻が下がる。

 

「気にすんなって言ってんだろ。バレー楽しかったし……」

珍しく桐谷くんが口ごもった。

 

「椎名さんに会えたし」

 

 言った瞬間、フイって顔を背ける。

 

 もう、これだから…桐谷くんといると心臓に悪いんだ。

 言うこと、すること、予測できない。

 

 大体私のこと好きな理由が分からないよ。

 遊園地でも、保健室でも、駅でも、体育館でも……そして今日も。

 彼にはカッコ悪いところばかり見られてるのに。

 

 

「俺、飲み物買ってくるけど…何かいる?」

「あ…じゃあ…ミルクティ」

 好意に甘えて頼んだら、盛大に吹き出された。

 ひとしきり大笑いした後、桐谷くんは、

「……またミルクティ?ホント好きなんだな」

 って。

 笑いすぎだよ。

 そう言い返そうとした私を尻目に、彼は素早く立ち上がって、

 何かあったらケータイかけてって言い残して、さっさと行ってしまった。

 

 

 

 

眼前に広がる海は、日の光を浴びてキラキラと輝いている。

 家族連れや恋人同士が多い。

 目の前にはスイカ割りをしている小学生くらいの兄弟がいる。

 

 夏休みの海岸は…イメージしてたのと全然違ってた。

 もっと有名なビーチならいざ知らず、ここには危険そうな人の方が少ない。

 全然…敬遠するコトじゃなかったんだ…。

 

 こんなことならもっと前に杏奈に付き合ってあげれば良かった。

そんなことをぼんやりと考えてたときだった。

 

「咲ちゃん?」

 

 よく知ってる柔らかい声が、背後から聞こえた。

 ウソ…。

 まさかそんなわけない。

 

 慌てて振り返ると、ビックリ顔の先輩が…立っていた。

 

「……最近よく会うね」

 変わらない笑顔。穏やかな雰囲気。

 あの美術室での出来事が嘘だったかのように、先輩はいつも通りだ。

 唯一違っていることといえば、肌が少し黒くなったことくらい。

 

「誰かと遊びに来てるんですか?」

「いや、ここで臨時のバイトしてる。夏休み期間は、募集がたくさんあるんだ」

 

 日に焼けて、中性的な印象は薄れ、ちょっと男らしい。

 でも、爽やかさは健在。

 熱気が立ち上る砂浜で、先輩の周りだけ涼風が吹いてるみたい。

 ていうか、周りの女の人の視線、独り占めしすぎですよ!

 

「先輩、休み明けたらますますモテちゃいそうですね」

「なに、ソレ。咲ちゃんがそんなこと言うの、珍しい」

 

 キョトンとしてる先輩が可笑しくて笑ったら、先輩もつられて笑う。

 こういうやりとり、久しぶり。

やっぱ私にはお兄ちゃん的存在だ。

 そろそろ休憩時間…終わりだから、と言う先輩に手を振った。

 

 

 

「顔、緩みすぎ」

「え!?」

またもや背後からかけられた声に、今度はビクリと肩が震える。

 思わず頬に手をやってしまう。どうして私ってこんなにバカ正直なの…。

「はい、ミルクティ」

「あ…りがと…」

 ペットボトルを差し出す桐谷くんは、仏頂面。

 もしかしなくても…見られてたんだ…。

 

「……あの、先輩とはさっき偶然会ってね…」

 沈黙に耐えられなくて、話しかけてみるけど

「ふーん」

って、そっけなく返されるだけ。

眉間に深く皺が刻まれて…完全にご機嫌ナナメだよ…。

 

「あの…私、もう振られてるから」

 ふてくされる横顔が、驚いてこっちを見る。

 

 何言ってんの…私。

 でも、誤解されたくない。桐谷くんには……。

 

「振られたって言うか…もう先輩に恋愛感情はなくて…」



 言い訳がましいことを口にしかけた私に、彼がふう、って溜め息を吐く。


「…俺、カッコ悪いな」

「え…?」

「あんな場面見ただけですげー嫌な気分になって。ごめん。完全に八つ当たり」

 

 

 桐谷くんは、くしゃって頭に手をやり、俯いた。





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