夏休み中の駅は、わりと混み合う。
中学生から大学生まで、若い人たちのグループが忙しなく行き交っていた。
邪魔にならないよう、隅っこの柱のそばに立つ私に、駅のアナウンスが特急列車の到着を告げる。
「直くん!」
改札を出てきたその人に向かって手を挙げた。
背が伸びて、大人っぽい表情。だけど、昔の面影が残ってる。
一目見て、彼だとすぐに分かった。
直くんは、辺りを見渡し私を見つけ、少しだけ驚いた顔をする。
「ホントに…変わったな、香奈ちゃん……あ、今はもう改名したんだったか」
「うん。でも…香奈で良いよ」
まじまじと見つめてくる視線から、逃れるように下を向いた。
なんとなく…気まずい。
私が学校に行けなくなって転校した理由、電話では話さなかったけど、
直くんは、たぶん…知ってる。
絵がダメになった後、学校でどう処理されたのかは、知らない。
私が知りたくなかったって言ったほうが正しいのかな。
当時は、とにかく関わりたくなかったから。
あの小学校と、先生たちと、友達とすら……。
もちろん…桐谷くんとも。
でも、よくよく考えれば…あんなオオゴトになって、学校側が黙ってるわけないんだよね。
如月響子の個展への出展がおじゃんになったんだもん。
うまく隠し通せていれば別だけど…事に及んだ桐谷くんには、それなりの処分が下ったはず。
当然、生徒たちにもその次第は報告されたんだろう……。
*
「まだ絵…描いてるの?」
とりあえずお昼にしようって、近くのファミレスに入った。
私に言葉をかける直くんの表情は、気遣わしげだ。
「うん…。引っ越した後は…さすがにしばらく描けなかったけど…
やっぱり絵は好きだし、やめられなかった」
それを聞いて、彼は少しだけ安心したみたい。
口元に微笑みが浮かんだ。
「俺も、描いてるよ。高校で…趣味程度だけどな」
あれ……。
気のせいかな、直くん……寂しそう?
だけど一瞬見せたその片鱗は、すぐに消えて。
その後しばらくは、運ばれてきた料理を食べつつ昔話で盛り上がった。
美術クラブの話題を中心に、先生とか、同じ学校だった皆の話。
とくに、誰と誰が付き合ってるとか…そういう話は、聞いてて楽しい。
ほとんどの子は、今も地元の中学や高校に通ってるみたいだった。
「香奈ちゃんとタメの…理衣子ちゃんっていたでしょ。あの子今コウキと付き合ってんの」
「ホントに!?…すっごい意外―…!二人、いつもケンカしてたのに」
そういえば、コウキくんがりぃ子ちゃんのこと好きって、聞いたことあった。
宿題のドリルを忘れて、教室まで取りに戻った日。
男子の会話を立ち聞きしてたら…桐谷くんに酷いことを言われて……。
「ね、美由ちゃんって…今誰かと付き合ってる?」
「んー……あの子大人しいし、そういうのないと思うけど……なんで?」
「あ…ほら…人気あったでしょ。だから…何となく…ね」
あの時、桐谷くんは美由ちゃんが好きだった。
校内でもモテていて、お人形さんみたいに可愛くて、大人しい子。
一つ下だから、今は中学3年生か。
きっとさらに可愛くなってるんだろうな…。
なんか…やだなー…。
桐谷くんの気持ちに応える気はないクセに…。
なんとも自分勝手な思考に、溜め息をつきたくなる。
……アレ?
そういえば、桐谷くんが越してきたばかりの頃。
朝練の後、女の子からの差し入れを断ってるとこに、偶然居合わせたっけ。
そのとき…桐谷くん、好きな人いるのかって聞かれてて……。
何も言わない彼は、図星だと指摘されてた。
―――誰だよー、クラスの女子?
―――いや
否定、してたんだ、あの時は。
転校してきたばかりだったから、それもそうか。
でも、好きな人はいた…んだよね…?
私じゃない、好きな人。
たぶん、ううん…十中八九、地元の子。
……もしかして…美由ちゃん…かな。
分かってたことだけど…
桐谷くんが私のことを好きになったのって…ほんの軽い気持ちなんだよね。
「香奈ちゃん?」
「え…!?はいっ」
「どした?ぼーっとして」
「…ごめん。なんでもない。それより大事な話って…」
すっかり忘れてたけど、今こうして直くんといるのは、会って話したいと言われたから。
食べ終わって、一息ついて。
お昼を過ぎたこの時間の店内は、人もまばらだ。
「そう…だったな。長くなるかもしれないんだけど……」
少しだけ躊躇ってから、直くんは切り出した。
*
いつの間にかティータイムが近づき、また少しだけざわつき始めた店内。
同じ年頃だろうか。女の子たちのグループが、真後ろの席に陣取る。
彼女たちの甲高い笑い声が、酷く遠くで聞こえた。
「今の話……本当なの?」
「本当だ」
震える声で尋ねた言葉に、即座の返事。
頭の中でそれをうまく処理できない。
手にじっとりと汗をかいていた。
直くんから聞かされたこと、絵空事みたいにフワフワしてる。
いっそ、本当に空想だったらどれだけ良いか。
だけど、目の前に座る人の硬く真剣な声音が、
たった今告げられたことは真実だと物語っていた。