第5章4





 夏休み中の駅は、わりと混み合う。

 中学生から大学生まで、若い人たちのグループが忙しなく行き交っていた。

 邪魔にならないよう、隅っこの柱のそばに立つ私に、駅のアナウンスが特急列車の到着を告げる。

 

「直くん!」

 改札を出てきたその人に向かって手を挙げた。

 背が伸びて、大人っぽい表情。だけど、昔の面影が残ってる。

 一目見て、彼だとすぐに分かった。

 

 直くんは、辺りを見渡し私を見つけ、少しだけ驚いた顔をする。

「ホントに…変わったな、香奈ちゃん……あ、今はもう改名したんだったか」

「うん。でも…香奈で良いよ」

 まじまじと見つめてくる視線から、逃れるように下を向いた。

 なんとなく…気まずい。

 私が学校に行けなくなって転校した理由、電話では話さなかったけど、

直くんは、たぶん…知ってる。

 

 絵がダメになった後、学校でどう処理されたのかは、知らない。

 私が知りたくなかったって言ったほうが正しいのかな。

 当時は、とにかく関わりたくなかったから。

 あの小学校と、先生たちと、友達とすら……。

もちろん…桐谷くんとも。

 

 でも、よくよく考えれば…あんなオオゴトになって、学校側が黙ってるわけないんだよね。

 如月響子の個展への出展がおじゃんになったんだもん。

 うまく隠し通せていれば別だけど…事に及んだ桐谷くんには、それなりの処分が下ったはず。

 当然、生徒たちにもその次第は報告されたんだろう……。

 

 

 

 

 

「まだ絵…描いてるの?」

 

 とりあえずお昼にしようって、近くのファミレスに入った。

 私に言葉をかける直くんの表情は、気遣わしげだ。

 

「うん…。引っ越した後は…さすがにしばらく描けなかったけど…

 やっぱり絵は好きだし、やめられなかった」

 それを聞いて、彼は少しだけ安心したみたい。

 口元に微笑みが浮かんだ。

 

「俺も、描いてるよ。高校で…趣味程度だけどな」

 あれ……。

 気のせいかな、直くん……寂しそう?

 だけど一瞬見せたその片鱗は、すぐに消えて。

 

その後しばらくは、運ばれてきた料理を食べつつ昔話で盛り上がった。

 美術クラブの話題を中心に、先生とか、同じ学校だった皆の話。

 とくに、誰と誰が付き合ってるとか…そういう話は、聞いてて楽しい。

ほとんどの子は、今も地元の中学や高校に通ってるみたいだった。

 

 

「香奈ちゃんとタメの…理衣子ちゃんっていたでしょ。あの子今コウキと付き合ってんの」

「ホントに!?…すっごい意外―…!二人、いつもケンカしてたのに」

 

 そういえば、コウキくんがりぃ子ちゃんのこと好きって、聞いたことあった。

 宿題のドリルを忘れて、教室まで取りに戻った日。

 男子の会話を立ち聞きしてたら…桐谷くんに酷いことを言われて……。

 

 

「ね、美由ちゃんって…今誰かと付き合ってる?」

「んー……あの子大人しいし、そういうのないと思うけど……なんで?」

「あ…ほら…人気あったでしょ。だから…何となく…ね」

 

 あの時、桐谷くんは美由ちゃんが好きだった。

 校内でもモテていて、お人形さんみたいに可愛くて、大人しい子。

 一つ下だから、今は中学3年生か。

 きっとさらに可愛くなってるんだろうな…。

 

 なんか…やだなー…。

 

 桐谷くんの気持ちに応える気はないクセに…。

 なんとも自分勝手な思考に、溜め息をつきたくなる。

 

 

 ……アレ?

 そういえば、桐谷くんが越してきたばかりの頃。

 朝練の後、女の子からの差し入れを断ってるとこに、偶然居合わせたっけ。

 

 そのとき…桐谷くん、好きな人いるのかって聞かれてて……。

 何も言わない彼は、図星だと指摘されてた。

 

―――誰だよー、クラスの女子?

―――いや

 

 否定、してたんだ、あの時は。

 転校してきたばかりだったから、それもそうか。

 でも、好きな人はいた…んだよね…?

 

 私じゃない、好きな人。

 たぶん、ううん…十中八九、地元の子。

 ……もしかして…美由ちゃん…かな。

 

 

分かってたことだけど…

桐谷くんが私のことを好きになったのって…ほんの軽い気持ちなんだよね。

 

 

 

「香奈ちゃん?」

「え…!?はいっ」

「どした?ぼーっとして」

「…ごめん。なんでもない。それより大事な話って…」

 

 すっかり忘れてたけど、今こうして直くんといるのは、会って話したいと言われたから。

 食べ終わって、一息ついて。

 お昼を過ぎたこの時間の店内は、人もまばらだ。

 

「そう…だったな。長くなるかもしれないんだけど……」

 

 少しだけ躊躇ってから、直くんは切り出した。

 

 

 

 

 

 いつの間にかティータイムが近づき、また少しだけざわつき始めた店内。

 同じ年頃だろうか。女の子たちのグループが、真後ろの席に陣取る。

 彼女たちの甲高い笑い声が、酷く遠くで聞こえた。

 

「今の話……本当なの?」

「本当だ」

 

 震える声で尋ねた言葉に、即座の返事。

頭の中でそれをうまく処理できない。

 手にじっとりと汗をかいていた。

 

 直くんから聞かされたこと、絵空事みたいにフワフワしてる。

 いっそ、本当に空想だったらどれだけ良いか。

 

 

 だけど、目の前に座る人の硬く真剣な声音が、

たった今告げられたことは真実だと物語っていた。





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